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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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14-10 Flotsam(ダゴン)――駿河湾

挿絵(By みてみん)




『弾着確認!!』

 キャサリンの甲高い声が脳裏に響き渡る。

 目に焼き付くほど眩しい光環(クラウン)に遮られて確認が遅れたが、照明弾の明かりに照らされてようやく把握できた。

 あの醜いダゴンの頭部が無残にも飛び散っている。巻き上げられた肉片が反射光を煌めかせながら、ダゴンの付近一帯に落下していくのが見えた。機関砲すら通さぬ硬度を誇る皮膚とほとばしる体液を巻き込んで、花火(Mk.32)が炸裂したのだ。

 口の上半分から頭部全てが形を無くし、赤黒い肉塊が残される。口だった所から力無い声が漏れる。耳を劈く咆哮や金切り声とは比べるまでもなく、弱々しく慈悲を請うような叫び(ダミ声)が耳にしがみ付く。

 ――慈悲に応える者はない。

『敵怪異、沈黙!』

 ダゴンの両腕が力無く漆黒の海面に墜ちる。キラリと輝く波飛沫が、ささやかに沸き立つ。

 瞬く間である。

 ダゴンの身体から()()()()ていく。

 狂喜と殺意に満ちた赤黒い輝きは、探照灯によって真っ白に照らされた海面というステージの上で、溶け込むように輝きを失っていく。悲劇役者は力無く仰向けに傾いていく。 緩速度撮影(スローモーション)のように。ダゴンの巨躯はゆっくり静かに真白き海面に沈んでいく。闇夜の黒と人工灯の白の境界に出来た異界の入口に、光も届かぬ深淵に吸い込まれるようにダゴンは海中へ没していった。

「『やれやれ、やっとご退場ってとこだな』」

「『二度と来るんじゃねぇぞ! サカナ野郎!』」

 マイクとクラウディアが口の悪い勝ち鬨を上げる。

 ()()()()から()()へ落ちた舞台役者は、二度と上がってくることはないだろう。辺りを回遊していた魚人の姿形、影すら微塵もなく消え失せ、深夜の駿河湾はただ沈痛の限りに闇を湛えているばかりである。

「『辺り一帯の魚人達も消えたようですね。色が見えません』」

『親玉がヤツだったのか精査が必要だが……視認できない以上、脅威は去ったと解釈すべきか』

『ウラベ、奴は死んだと思うか?』

 安堵の息をつきながらも、隊長が不安げに問うてきた。

『――色がなくなっていました。怪異が消滅したかは分かりませんが、戦闘意志は消失したと考えていいと思います』

『そうか……。とにかく全員良くやってくれた。ひとまず艦橋に集合してくれ』

 一息ついて肌が夜寒を思い出す。

 緊張の糸が途切れたのか、肩の力が抜けてしまっている。

 駆逐艦の速度は徐々に低下していき、空に輝いていた煌星は遠くの海面に墜ちようとしている。ふらふらと艦橋へ向かった。艦内に入って階段を上った所で全員が合流した。

 暗い照明だが、皆の身体も瞳も輝いている。

 一仕事終えた独特の満足感に包まれながら、隊長以下ぞろぞろと艦橋の入口を跨ぐと、チャールズ船長以下艦橋クルーが破顔しながら拍手と口笛で出迎えてくれた。

「……よくやってくれた! あんな化け物を退治するとは流石だな!」

 満面の笑みを浮かべ、チャールズ艦長が飾りない賛辞を述べた。

「ロバートの言う通り担当を()()()()正解だったな!」

 今回の調査――。

 ロバート隊長からチャールズ艦長に事前に要望が出されていたらしい。

 怪異に動じない()()()()()()()()()のクルーを当直に割り当てる、という一見奇妙奇天烈な要望。

 通常の人間には怪異の誘惑、驚異には耐えられない。正気を失う者だっているはずだ。

 その対策として――極端に霊感がない者を。或いは、(キリスト教社会では信じられない事らしいが)無神論者や()()()があるクルーを厳選し、担当士官として優先的に配置する。結果から見れば功を奏したと評する他ない。

 余りに霊感が無く、怪異や神をも信じない()()()()()()()

 ふとサリエルのニヤけ面が脳裏を過ったが――、静かに口を噤んだ。

「幸い、怪我人もほとんどいない。打ち合わせ通り、最低限の連中以外は寝ていたし、部屋に籠もるように指示したお陰だ。やはり怪異の専門家は違うな!」

 ベタ褒めする艦長の笑顔に、隊長も照れくさそうに破顔していた。仁王像がニッコリと笑う様は見慣れないが、見ていて悪いものではない。

「『チャールズ以下、全クルーの協力の賜物だ。あれが日本本土に上陸していたら、米軍にも日本人にも想像以上の被害を出していただろう。我々は多くの人の命を救ったんだ』」

 ――そうだ。

 その厳然たる事実は、矜持の念を沸き立たせる。

 ダゴンが上陸した東京は、ラセツや我々も含めての総力戦になったかも知れない。或いは日本の何処かに上陸して――。


 〝もしこいつが怪異なら、一体何をしたいのだ?〟


 電流のように、かつての自問が胸中から脳髄を駆け巡った。

 もし日本上陸が目的なら、呑気にぷかぷか浮いている暇など無かったはずだ。怪異に人格を求めるのは可笑しいことだろうが……、怪異には何かしらの意志がある。復讐、名誉、金、使命――怪異のくせに人間臭い連中は多い。

 だが……、こいつは本当に分からない。

 突然海面に現れて漂流していたが、本土に接近する素振りはなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その場から離れず待ち続けたのは――誰か?

 波濤を乗り越えて()()()

「これより周辺海域の索敵と航路の安全を確保する。夜明け前にはヨコスカ(横須賀)へ帰投するが、またあいつらが出てこなければ良いんだが、もし出てきたら頼むぞ」

「『任せろ。各員ご苦労だった。親玉らしき怪異は撃破したが、また現れるかもしれん。何か異常があれば艦内放送で通達する。……まず疲れを癒やしてくれ。帰港まで寝てても構わん』」

 口元を緩める隊長に、皆の顔も綻んでいる。僅かに談笑の間となり、銘々に話が弾んでいる。

 だが、私は違う。

 理解しがたい(わだかま)りが胸中で転がり、皆に不安を見せまいと漆黒の駿河湾に視線を流した。円い窓硝子に浮かぶのは、艦内照明に照らされて欣喜雀躍とした艦橋。そのただ中でサングラスの奥に鎮座する私の眼。


 ダゴンや魚人達は、()()()()()()()のか?

 ()()()()()()()()()は、何を伝えているのか?

 私の眼は、どこまで力を付けていくのか?

 私は何者であるか――?

 答えがあるはずなのに見つからない。

 今一度唇を噛みしめて、瞼を閉じる。

 〝貴男に罪は似合わないわ――〟

 耳に残るヒノエの言葉が、一筋の光明となって心に射す。その明かりを必死に手繰り寄せ、良心と自我の橋頭堡とする。言い知れぬ不安と彼女の声が(せめ)ぎ合い、待機時間に食べた晩飯(シチュー)が胃から迫り上がってくる。

 ――それでも前を向いて生きねば。

 東京大空襲で失われた家族の分も、私は生きるのだ。

 ダゴン上陸を阻止したことで救われた命。その厳然たる事実をもう一度強く念じながら、滔々たる闇を湛える駿河湾を一人静かに見つめるしかなかった。

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