14-9 Flotsam(ダゴン)――駿河湾
バーナードの呟きに自然と頷く。
この強力な60口径40粍機関砲が神聖化していたとしても、弾頭は弾けるばかりで奴の甲殻を貫いているようには見えない。体勢を崩し頭部にも着弾していても、活動停止までは至らない。
十中八九、戦車砲を越える貫徹力を誇りながらも貫けない。
奴の皮膚はどれだけ硬いんだ。
「『隊長、5インチ砲の直接照準で行きます』」
この現状を見かねてか、短兵急にバーナードが思い切ったことを叫んだ。この駆逐艦の主砲を使おうというのだ。
海戦で敵艦の装甲を打ち破るべく使われる主砲を、生き物じみた怪異に使う。しかも直接照準で狙うのだ。本来ならばレーダーや機械式計算機を使った弾道計算に人間が勝てる訳がない。
――だが、彼の異能ならば。
最大戦速で駿河湾を奔りながら、闇夜の中に動き廻る巨大生物の弱点を一発必中で打ち抜けるかも知れない。
『分かった。艦長には話をしておく。一度艦橋に来てくれ。一緒に第二砲塔へ向かうぞ。……マイク、当たらなくても良いから牽制射撃を継続!』
「『バーナード、頼んだぞ!』」
「『ああ!』」
左上を仰ぎ見ると、マイクの応援に応えるようにバーナードが機銃座から離れるのが見えた。わずか数米先、私の頭上にある艦橋に向かってカンカンと音を立てて走って行く。
それから間もなく、再びドドン、ドドンと轟音が闇夜に劈き始めた。
『ウラベ、頼みがある』
見上げると艦橋に入ったかどうかの辺りで、バーナードが申し訳なさそうな声を漏らした。
『なんですか?』
『奴の頭に5インチ砲を直撃させたいが保険が欲しい。――邪眼で奴の頭を狙って貰えるか?』
『バーナード! それは最後の手段にしろよ!』
マイクが話を遮るように怒号を上げた。
『無理にとは言わない。だが――、頼めるか』
答えは悩むまでもない。
『勿論です』
『ウラベッ?!』
『いいんです、マイク。やれる限りのことをやりましょう。あんなのが日本に上陸したらたまったものじゃないので』
――そう。
あんな化け物が日本本土を蹂躙し、戦争が終わって安堵と絶望の中を生きる国民を死の淵に追いやるなど、絶対に許せない。
通常弾頭が効かないのだ。
日本に頼る軍備無く、そもそも米軍が総力を挙げても駆逐できないかも知れない。焼け残った街々や不安に怯える人々を悉く踏み潰し、血塗れの脚で悠然と東京を闊歩する巨大怪異を想像し、脳髄がビリビリと痺れて震えた。
そんなことはさせない。
させてたまるか。
戦禍を生き残った寄る辺なき人々を殺させてたまるか!
『分かったぜ。けどな、絶対無理するんじゃないぞ!』
『……はい!』
声は強く応えても彼の心遣いが胸を打つ。だが私の決心に翻意はない。隊長達が射撃準備を完了するまで足止めをしなければならない。
第一砲塔は砲身を仰角いっぱいに天に向け、照明弾を多めに打ち上げている。今や4つ以上の煌星が辺り一帯を照らしている。明るい月が4つ、海面を金竜が三筋に奔っている様は酷く幻想的である。
探照灯が照らす先の怪異ダゴンはスポットライトを浴びた踊り子。海上から飛び出た巨躯は喜びに翻るようだ。
――あぁ、なんて憎いんだ。
グラスを僅かに指で傾けて――睨み付ける。
恨み辛み、憎しみ、怒りを一緒くたに眼差しに乗せて。
ワニにも似た厳つい魚面を憎々しげに。身体を突き刺す夜寒など疾うに忘れ、脂汗滲むほどに眼に力を、念を込める。
爆ぜろッ――!
唐突にダゴンの顔面がぐにゃりと歪んだ。
遠くからでも分かる。ごつごつとした厳つい眉や頬が、割れるように大きく拉げ、卒然とダゴンはその大手で己の顔を覆った。
――ガァァァァァア!
絶叫という言葉ですらぬるい。
悲鳴でも足りぬ。
頭を殴りつけるような金切り声に思わず耳を覆った。
痛い――のは奴も私も同じだ。根比べと行こうじゃないか。徹甲弾ですら貫けぬダゴンの皮膚を私の眼が貫き、歪める。
……自分でも恐ろしい。
この眼は少なくとも、今頭上で乱射し続けている60口径40粍機関砲を越える貫徹力を有しているのだ。フォカロルを撃ち抜いた対戦車銃どころか、そこらの戦車砲を越える破壊力を、ただの視線が持っているのだ。
悶えるダゴンを飾るように機関砲の光環がバチバチと瞬く。ライトを浴びた悲劇役者は、その場で上半身を捩り頭を抱える。何に苦しめられているかも分からないかもしれないが、かける慈悲はこれっぽっちもない。
『ヒューズの設定が終わった。神聖化済み対艦弾装填完了! バーナード、準備は良いか!』
『射撃選択はローカル。水平仰角共に良し。……サイトセッターの偏向調整は気にしなくて良い。多少のズレは私がなんとかする。照準器越しにハッキリ捉えています』
何分経ったかも分からなかったが、私の眼と機関砲が奴を牽制し続ける中、隊長とバーナードの溌剌としたやりとりが脳裏に響いた。どうやら砲塔内の乗員と遣り取りをしていたようだ、直接照準の準備が終わったらしい。一体どんなことをしているか微塵も想像出来ないが、隊長達なら上手くやってくれるはずだ。
『よし、一発で決めるぞ! 右足を踏み込んで射撃だ!』
『――発射!』
射撃警報ブザーが俄に鳴り響き、5インチ砲の爆発音が闇夜に劈く。曳光弾でないのだろう、音速を超えて飛び出した砲弾は見えない。
だが艦載砲にとっては至近距離。
バーナードが外す訳がない。
弾頭は徹甲弾だろうから炸裂は視認できないが、照明弾にも引けを取らぬほど眩しい光環が閃き駿河湾の闇夜を切り裂く。
気持ち悪いくらい長い両手で頭を抱え、天に吼えるダゴン。顔は拉げて痛みに嘆く。
その眉間のど真ん中に、皆の苦労の結晶である5インチ砲弾が直撃した。




