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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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13-2 future(サリエルの悩み)――立川

挿絵(By みてみん)


 ――随分と目立つ男だった。

 白亜の背景に漆黒の洋装なんて、否が応でも目につく。

 金髪碧眼の青年。

 左半分を撫で上げ(オールバック)に、右半分はやや縮れた切り揃えである。純白のシャツは壁に透けるように映え、深紅のネクタイが禍々しいまでに胸元を強調している。

 男は笑顔を浮かべたまま博士の座席を立った。身長は――私よりも大きい。6尺(180センチ)は優にある。目鼻立ちは石膏像の――というより、()()()()()()()()()()()である。

 しかし、全体の印象となると異なる。涼やかで艶やかな貌なれど、その立ち姿は昂然とした意気を感じる佇まいである。お洒落なボーイというよりは、荒涼たる原野を前に一人佇む狩装束の武士――そんな印象である。全身を白い気に覆われて、自信たっぷりに歩いてくるその姿には、()()()があった。

『――大天使か?』

「『はッ――! ははは――!』」

 嬌笑(きょうしょう)が部屋中に響き渡る。その姿を見た博士は大きく溜息をつき、私は男を凝視した。それは敵意にも似た猜疑の瞳であったが。

「『驚いたねぇ。ここまで動じずに出自を推察してくる人間は君が初めてだよ』」

『……戯けるのはそこまでにした方が良い。彼はちゃんと場を弁える人間だ。自己紹介した方が良いぞ』

 まるで旧知の仲のような言いに私は僅かに驚いた。『神聖同盟』に所属する医学博士スティグラーと……。

「『そうだな。僕はサリエル――。()()使()()()()()使()()()()()。君達の好きなように呼び給え』」


 サリエル――。

 フォカロルやウリエルが呟いた名前。旧約聖書、新約聖書のどちらにも名前があり、その実、神に謁見できる「御前天使」にして「死を掌る大天使」とも言われる。死者の魂を刈り取る『月の天使』――宗派や解釈によるのだろうが、彼は神に背いた()()使()とも言われている。

 その外見、言葉遣い、全て紛うことなき人間である。フォカロルのような言動の混乱もない。サリエルは博士の横まで来ると、空いていた椅子を乱暴に引き出し、背もたれを前にして大仰に座った。


「『いやしかし、ウリエルをやったのはスゴイよ、君。いくら()()()()()で弱体化していたとは言え、彼に傷をつけたんだ。……いや、それどころか()()()()滅ぼしたのは有史以来、君が初めてだよ』」

 嬉々として語る天使に眉を顰めるしかない。幾ら褒められようが、白く輝く影に浮かぶその笑顔は、人を安らかにするものではなさそうだ。

 サリエルの饒舌は続く。

「『まぁ、()()()もあるから、あいつは暫くこっちには顔を出せないだろう。ざまぁみろ、いい気味だ。あの高慢な野郎はどうもいけ好かなくてねぇ』」

『――あなたの眼は』

「『知ってるだろ? ()()だよ』」

 刹那。

 サリエルの眼が漆黒と紅と――私の知りうる()()に染まる。

 ゴーグルが聞きたくもない軋みに呻く。

 さすがに本気でこちらを睨んではいまい。もしそうならこんなゴーグル、簡単に弾け飛んでいるはずだ。

 サリエルの邪眼――。

 土産物にすらなっているという一種の伝説。

 魔除け。その力は護符としても使われるが、その瞳の先にあるのは――死である。

 そして、それは私も……。

「『失敬。君はまだ病み上がりだったな』」

 間断なく漆黒の邪眼が碧眼に戻る。端から見たら私も似たような具合なのかと思うと、怖気が背筋をのたうつばかりだ。

『私と同じ……ですか』

「『まぁ僕の方がずーっと昔から、だけどね』」

 ふふんと鼻を鳴らす。

 ウリエルのことを高慢ちきと罵っていたが、今この瞬間では大同小異、同じ穴の狢だ。

 サリエルは肩を落として言を繋いだ。

「『僕はねぇ、ちょっと悩んでるんだよ。君の処遇にさ』」

『……それは、どういう』

「『君は、()()()()()()使()()()()()?』」

 その問い。

 初めてこの力を認識した――奇しくも同じこの部屋で、同じベッドで、自問自答したそれである。

「『話は博士から全部聞いている。色んな怪異と戦ってきたが、戦う対象は大天使もいれば人間もいるようになった。――君はその眼で()()()()?』」

 口角微動だにせず碧眼が私を貫く。

 大天使の質問――いや、詰問は重い。

 レフチェンコを心のままに殺しかけた。

 大天使ウリエルを一刀両断のもとに斬り伏せた。

 私の力は邪眼、妙に馴染む『髭切』も含め、その力は人を殺すか?

 それとも、本当に殺したいのは?

『人に(あだ)なす怪異です』

 数瞬の懊悩と共に、明瞭な答えが口からするりと溢れ出た。

「『――ほぅ。怪異を悪事に利用する人間もいれば、見るからに聖なる善なる庇護すべき怪異もいる。殺すのは人を害する怪異だけで、人間を殺しはしないのかね?』」

『――はい。怪異を殺すんです。人間は殺せません』

 危うく一人殺しかけたが――口を噤んだ。

 耳目の許す限り知っている怪異のほとんどは人を傷つけ、惑わせ、利用する悪意に満ちている。妖怪、悪魔、天使。姿形や僭称(せんしょう)に関わらず、たとえ女子どもの姿でも――、人間を害することが彼らの存在理由(レゾンデートル)のようだ。

 デービッドの言葉は正しい。

 世界中で『怪異は人間を苦しめている』という事実。『迷い家』や『ドッペルゲンガー』の例を挙げるまでもなく、『フォカロル』や『馬腹』、そして滝夜叉姫の呪術やレフチェンコの『魔術防御』ですらそうだ。

 怪異の力は人を振り回し、人を苦しめ、人を殺めてしまう――。

 怪異の影響から()()()()()()()()ことに、一生を賭けても悪いものじゃない――。今はそう思い始めていた。

 サリエルの表情(かお)は恍惚に塗れ、破顔している。

 我が意を得たり――とでも言いたいのだろうか?

「『ふふ――、()()()()()()()()()のことはある。君は本当に良い奴だ。その心がけやよし、気に入ったよ。だから少しは開示してやっても良いだろうね。――スティグラー博士。彼に()()()()()()()()()()教えてあげてくれ』」

 促された博士は、口をへの字に曲げながらも首を縦に振った。高貴なる存在は示すのみで、啓示を受けた人間が()()()()()()()()()()()のは、聖書の伝えるとおり。

 間もなく博士は静かに目を瞑り――、重々しく説明を始めた。

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