13-1 future(サリエルの悩み)――立川
――また暗い。
いつもそうだ。
私の落ち度。自分自身の失敗で闇に襲われる。
自業自得だ。それでもどうしようもない。
微睡みの中で言葉が生まれ揺蕩う。
染みこむようにぼんやりとした白が視界に広がっていく。
夜明けの朝靄。
鼻腔に刺さる薬品の香りに促され、瞼が勝手に開いていく。
――いつもの天井。
いや、いつもと言うほどだろうか?
それでも半年以上の間に何度見上げたか分からない。
簡素ながらも意匠が凝らされた白亜の天井。
しかし――、いつもと違う。
視界が異様に暗い。鼻上部と顔面上部の圧迫感から、重厚なゴーグルを付けられていることはすぐに分かる。
何故か?
右手がゴーグルを外そうと手を伸ばした時、右真横から手が伸びてきた。その腕は微かに青く光って見える。
『取っちゃいかん』
スティグラー博士――。
彼の腕が私の右手をがっちりと掴んでいる。細いのに手の甲の皺は年の重みを感じさせ、医者としての信頼感を醸成する。言は無頼なれど腕と判断は確か。
右を向けば『神聖化ゴーグル』の圧。以前見たアレだ。
だがおかしい。
博士の身体全体が青白く浮かんでいる。
『博士……?』
『君も私も、同じ物を付けている。――意味が分かるか?』
同じ面、同じ機能。
――対怪異用ゴーグル。
私の邪眼を防ぎきれなかったが、一応の防壁にはなり得るもの。どちらか片方で良かったはずのそれは今、二重にしなければならない事態を示唆していた。
『今この瞬間は大丈夫だろう。だが――、君は今何が見えている?』
えらく抽象的な問いだ。
昔ならば鸚鵡返しのように惚けた回答でもしていただろう。だが、私ももう初ではない。
『博士が青い気を纏っているように見えます』
『どんな青色だ?』
『――勿忘草色』
華やかなりし平和な帝都。私は書籍販売会社で本の卸しを生業としていた。取扱書籍や業務で色見本を扱った時、眼に止まったその言葉。
博士の口元が笑みを浮かべた。
『ウラベにしては随分と詩的じゃないか。面白い』
詩的な表現を好むのは、どちらかと言えば博士の方だろうに。私はそれに合わせたに過ぎない。だが、色が見えることに博士は驚いていない。
『共感覚の一種だろう。古来より色に音を感じ、音に色を感じる色調のように、一つの感覚に別の感覚が組み合わさって認知されることがある。昔日本のビワコを訪れたドイツの詩人ダウテンダイのように、色に陶酔して宇宙を感じる――という人間もいるくらいだ』
相も変わらぬ端的な説明。
やはり知的無頼である。
故に信頼出来もするのだが。
『私は……いや、皆は無事でしたか?』
『あぁ。レフチェンコの意識喪失に伴い元素魔法も解除された。後はデービッドが「治癒」したから、誰も怪我らしい怪我はない』
デービッドの異能『治癒』は、ある意味マイクの『隠密』に匹敵するほど驚異的である。現代医学も手が出ないほどの重傷――腕部切断などでも立ち所に治癒させてしまう。
欧州戦線では幾人もの兵士を救い、東京支部に来てからも何度かお世話になっている。幸い軽傷程度でしか使われていないが、万が一の時は本当に助かる力だ。
だが限界もある。
生命活動が停止してしまうと回復は不可能というのだ。魂までは戻せない、とデービッドが悲しそうに呟いていたのが印象的だった。
いずれ隊長やマイク程度の傷であれば心配する必要すら無かったのだが――、戦闘中はそう割り切れるものではない。
『――レフチェンコは?』
『生きている。彼女が君を止めたからな』
怨念が奴の首を堕とす前に。
私の意識は地に墜ちた。
それは私に罪を犯させないためか、冷徹なる国際事情の故か。その答えを口にせぬまま、博士はその後を説明した。
『ロバート達は君を担いであの場から撤退した。連中はそのままにしてきた。どうせ死にはしまいし、痛い目に遭ったのだからすぐにちょっかいは出して来るまい。……ただ、君だけはここに搬入された。邪眼に変化があったのだろう?』
観念動力――奴はそう言っていた。
魔術防御は消滅し奴の指は砕けた。
『視線の合った対象の体調、精神の安定性を大きく毀損し、最終的には死に至らしめると考えられていた君の邪眼。だが、さらに物理的破壊を伴うサイコキネシスの能力を獲得したと見るべきだろう』
『異能は、成長するのですか?』
『……なくはない。子どもが大人になるように。修行の果てに術を身につける仙人のように。あぁ、事例はいくつもあるな。だが君の場合、感情か因縁が引き金になっていないだろうか?』
愛する人を殺すような奴は、首を落とさねば。
慈悲もなく、慈愛もなく、その命を奪わねば。
理由は分からない。先祖の因縁か、私の感情か――。
『感情の起伏が能力の開花、発現に影響を与える事例もある。誰によって感情を惹起させられたかは聞かないが、変化が激しすぎる。君の眼は今、色を通して感情の推察能力を獲得し、さらに自由自在な現存物質操作が可能になっているのだろう』
「『へぇ――、もうそんな具合なのかい』」
突然。
耳と脳内に響く、聞いたこともない若い男の声。
視界外からの声に首を左右に振り主を探す。私から見て左側――博士の使用している椅子に、金髪長身の男がゆったりと腰掛け、私を見て笑っていた。




