表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
58/127

12-6 Awakening(帝国の遺産)――都内某所

挿絵(By みてみん)


 邪眼――。

 結膜は漆黒に染まり、瞳は深紅の闇を湛える。

 スティグラー博士は詩的な表現で異能の様態を表した。

 その力は見るだけで人や怪異を傷つける。

 だからこそ注意して使用してきたし、実際に怪異を邪眼だけで討滅してきたことは無かった。

 邪眼で命を奪えるのか。

 私自身にも分からない。

 それでも迷いはない。

 ヒノエを傷つける敵は、私が許さない。

 呪い、――呪う。

 爆ぜろと想像(イメージ)を乗せて。

 このスラブ人の歪んだ表情、堅強な身体、外骨格に――砕け散れ、と。

 レフチェンコを守っていた空間の皺み(魔術防御)は、見る見るうちに波打つ。多層の階調(グラデーション)が不気味に蠢き始めた。

 ……崩せる。

 確信がより強く呪わせる。

 神聖化された銃弾すら防ぐ強固な霊的防御空間は、邪眼の前に崩れ落ちようとしていた。

「『や、やめろッ――!』」

 怯え、竦み、醜い手指は既に勢い無く。

 逃げ腰のレフチェンコは視線を外しつつ、チラリと後方を確認している。この状況から脱出しようとしているのは合理的な選択であろう。

 だが――、許さない。

「『逃げるな――ッ! この卑怯者ッ!』」

 呪い殺す。

 念を込めれば込めるほど空間の皺みが強まる。

 衝突時の運動エネルギーを霊的エネルギーに変換する肉厚の変換膜。邪眼が物理、霊、どちらに作用しているかは分からないが、この際どうでも良い。


 数秒。

 空間の皺みはシャボン玉が弾けるようにバリンと割れた。見ると、外骨格に浮かぶ金色のルーン文字(魔術の根源)が輝きを失い、背景の黒に呑み込まれていくのがわかった。

 階調が消滅し、そこにあるのは歪みない空気。

 遮る物は何も無い。

『ば、馬鹿な――!』

 こんなものがあるから――。

 外骨格に爆ぜろと念じると、あれだけ強固な防御力を見せた『帝国の遺産』は無様に(ヒビ)が走った。

 雷竜馳せるが如く。

 バリバリと音を立てて割れていく。枯骨(ここつ)朽ちてボロボロと、砂のように舞い崩れ、瞬く間もなく地に墜ちる。

 壁は消え、残るはただの人間。

 視線が――奴を捉える。

「『ぐ、がッ……。た、助け……』」

 レフチェンコは膝を床につき、胸を押さえて苦しみ始めた。

 視線は交差せず、私が()()()()()()()()()だけである。

 嗚咽、苦悶、苦虫を噛み潰したような表情(かお)

 その瞳は恐懼と哀願に彩られている。

 助けてくれ、と。

 見逃してくれ、と。


 巫山戯(ふざけ)るなッ!

 慈悲の念など微塵も湧かぬ。

 それどころか、波打つような怒りが心を揺さぶる。

 居丈高に高慢に、全てを睥睨(へいげい)して人の命を奪う()()が、弱った途端に命乞い。

 ――あぁ、ウリエルより酷い。

 かの大天使はまだ己の職責と信念に生きていた。

 だがコイツは違う。

 命を弄ぶ愚昧な男だ。

 そんな男が()()()()()()()()()

 砕けろ。

 胸を押さえる両手に念を送ると、――めきめきと木が折れるような音を立てて、奴の五指は夫々にあらぬ方へ曲がっていく。

 聞くに堪えない鈍い音。

 合奏はレフチェンコの絶叫。

 暗く朽ちた部屋(コンサートホール)いっぱいに叫喚が響き渡る。

 涙を流し顔を赤らめ、潰れんばかりに目を閉じ痛みに叫ぶ。

 それは当人達がやってきたであろう拷問のそれだ。

 因果応報。かける言葉はない。

 前のめりになっても、支える土台(五指)は力を失い――、レフチェンコの躯体(からだ)は虚しく前のめりに倒れ込んだ。

 黒色にくすんだ汚らしいタイル床の上で、芋虫のように藻掻く(さま)に、これまでの威厳は微塵も感じられない。

「『……や、やはり! 貴様は()()だ!』」

 叫喚の谷間、レフチェンコが怒鳴るように声を荒げた。

「『き、貴様も分かっているだろう! この力が証拠だ! 貴様自身が、予期せぬ『()()()()()』だ! お前を巡って、米国も日本も、我が国も奪い合う! ハ、ハハハ――ッ! は、は……』」

 ()()

 而して静まる。

 死んだかどうか分からない。

 だが――、殺さねば。

 殺意の残火(のこりび)が胸を燻る。

 あぁ、殺さねば。

 波は止まらず、打ち寄せて。

 その首、墜ちねば心やすからず。

 ――なんだろう、この感情(殺意)は?

 上手く頭が働かない。

 殺意を客観的に見ている自分がいる。

 波に呑まれながら、波を見ている自分がいる。

 でも、駄目だ。

 この世の全てが憎悪と殺意に埋め尽くされる。

 髭切よ。

 ()()()()()()()()


「『やめて卜部さんッ!!』」

 凛――と。

 何処までも透き通る鈴の音に、甲高いヒノエの叫び声。

 重奏。

 涼やかな鈴の音なのに間近で響く大鐘の音のようだ。

 意識は揺さぶられ、俄に瞬断した。

 途端にするりと力が抜ける。

 張り詰めた糸が弾け、足に力が入らない。

 崩れて膝を突き、流れるがまま床に倒れ込む。

 冷たい。

 倒れた痛みより、床の冷たさが皮膚を刺す。

 土埃と焦げた木々の臭いが立ち上り私を包む。

 酷く生理的な嫌悪感を惹起させるが、殺意を少しでも抑えてくれるなら、……それでもいい。

 自然と眠りに落ちるように瞼が閉じられ、意識が朦朧とし始めた。

 きっと――ヒノエの呪術か何かだろう。

「『貴男に罪は似合わないわ』」

 私の名を叫ぶ隊長やデービッドの声が、雑音(ノイズ)のように僅かに聞こえる中、ヒノエの声だけが明瞭に耳に刺さった。

 優しく、見守るような声色で、私を救ってくれる。


 ――しかし、そうだろうか?

 私の罪は、私が殺した敵兵の眼と、巡り会った太歳の眼だけが……。

 薄れ行く意識の中、過去の罪罰を並べ立てながら微睡みの中に一人墜ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ