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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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12-5 Awakening(帝国の遺産)――都内某所

挿絵(By みてみん)



 驚異的な跳躍は彼女の精華である。

 瞬時に距離を詰め、その豪腕で並み居る怪異を討滅してきた。

 今、その腕でレフチェンコの顔面を殴ろうと飛びかかる。

 しかし――。

 例の鈍色の輝き(魔術防御)

 ありとあらゆる物を止めてしまう驚異の技術。

「『くそッ(Shit)――!』」

 彼女の拳の勢いは無残にも殺され、後20(センチ)というところでピタリと止まってしまう。レフチェンコの顔が嫌らしく歪み、突き出された拳を冷気溢れる左手で掴み取った。

「『おやおや、粗暴な()()()()()()じゃないか。私をダンスに誘ってくれるのかね?』」

「『……この、クソ野郎がッ!!』」

 憎らしい余裕の笑みに腹が立つ。みんなそうだろう。

 レフチェンコの口から再び言葉が漏れる。

 呪文――。

 俄に奴の両手の冷気が強まる。

 がらんどうのこの部屋で、冷気の風が頬を撫でる。

 冷気の対流が起こるほどに、氷雪を纏う奴の拳は強烈である。直に受けるクラウディアは如何ばかりか――。

「『テメェはナチと同じだッ! あたしの家族や友達を奪った、……あのゲス野郎共とッ!』」

 怒りに打ち震える瞳や表情に、彼女の過去が焼き写されているのだろう。きっとそれは――怪異以上の混沌、反吐の出る人間の闇。

「『フン――、あの連中(民族社会主義)と一緒にして貰っちゃあ困るなぁ。まぁ、じゃじゃ馬娘にはそういう機微は、分からんだろうがね』」

 侮蔑、見下し――けんもほろろに突き飛ばす。

 その勢いは弾けるように。

 彼女はボールのように押し飛ばされ、見るからに痛々しく暗いコンクリート壁に全身を打った。

『く、くそ……、手が……!』

 赤い。

 腰砕けに壁にもたれ掛かるクラウディア。彼女の手には薄い氷が覆い、下の皮膚が真っ赤に腫れているのが見えた。

 自分の両脇や身体で温めようとしているが、一向に溶ける気配はない。


 通常弾頭も神聖化弾頭も効かない。

 殴ることすら出来ない。

 圧倒的な現実、絶望的な現実。

 皆の消沈した空気が肌を刺す。

「『その氷は冷素魔法(Eiszauber)物理(physische)防御陣(Magie)を織り交ぜた()()でね。ナチ共の研究は「ただの氷」「物理防御」で終わっていたようだが、我々は両者を術者に紐付ける所まで昇華できた。……私が術を解くか意識を失わない限り、その氷は溶けない』」

 事実かどうかは分からない。

 だが、嘘はないだろう。

 これこそ勝者の余裕なのだ。

『これで分かったかね? 抵抗は無意味だ。銃も神聖化も効かぬ。我々(オリガ)の邪魔をするなら相応の報いを受けてもらう。だが――』

 俄に、口元が動いた。

 口惜しそうに歪む。

 不満は声色となって如実に表れた。

『「神聖同盟」や連合国との兼ね合いもある。今はこれ以上()()を荒立てたくはない。そこの無能な副官を連れて、私は帰ることにしよう』

 ()()()()()()()

 皆の顔が驚きに染まる。

 確かに対抗する術は多くない。

 私の邪眼も()()()()()()()()()()()()()()()

 邪眼を使い効果が無かったら、ただただ奴の反撃を招くだけだ。

 二進(にっち)三進(さっち)も行かぬ。

 奴の勝手な勝利宣言、撤収宣言をどう解釈して良いか計り兼ねていたその時。

『だが……、そこの()()()()()()()だ』

 三度生成した氷針を掌に浮かべる。

 大きく前にせり出す右手、歪んだ手指。

 氷の(おぞ)ましい鋭さに寒気が走る。

 まさか――。

『連合国との衝突は本国にも悪影響を与える。だが「ラセツ」は違う。我々にとってただの敗戦国の残党でしかない。()()()()()()()()はいらぬ。だから……、死ねッ!』


「ヒノエさんッ――!」

 引き攣るように腹から声が出た。

 背筋や脳幹を突き刺すような恐怖が、怒濤の洪水となって瞬時に駆け巡り、(まなこ)に力が入るのが分かった。

 殺気を伴って勢いよく飛び出す氷針を、この憎い『氷の弾丸』を目で追う。

 ビーム条の光陣。

 劈く風切り音。

 空を切り裂く氷の弾丸。

 ――()()()

 須臾(しゅゆ)の間にすぎない。

 なのに不思議な感覚に襲われた。

 ()()()

 ()()()()()

 映画の緩速度撮影(スローモーション)表現。

 そうとしか言い表せない。

 魔術の装いを施された氷の弾丸。

 鈍く白色の輝きを放つ氷核までも鮮明に。

 この氷は()()()()()()()()()()()()()――。

 怒り、憤怒、敵意、殺意。

 機械的なスイッチングに脳が焼ける。

 ()()()()()()()()()

 死ね、爆ぜろ――と。


 刹那。

 にっくき氷の弾丸。

 彼女の1(メートル)程手前。薄暗闇に焼け付くような残像を残した弾頭は甲高い破裂音を立て、木っ端微塵に爆ぜ散った。

「『……なにッ?!』」

 レフチェンコの驚きが部屋に木霊する。

 視線はゆっくりと、ゆっくりと奴の方へ。

 静かに静かに、練りに練るように。

 沸騰した殺意がぐらぐらと腹中を揺らし、溢れ出る感情が力となって眼から流れ出る。

 レフチェンコの表情(かお)――。

 眼は大きく見開かれ、頬や眉の神経が引き攣っている。

 人それを恐懼と言うのだろう。

 私の眼に抑えようのない憎しみが(みなぎ)る。

「『ま、まさか――、邪眼が……観念(Psycho)動力(kinesis)を……!』」

 奴が慌てて視線を逸らす。

 ――目を合わせてはならない。

 邪眼への()()()()()()()()()

 それを知っているようだ。

 しかし、――そんなことはどうでも良い。

 ヒノエ(愛する人)を殺そうとした奴にかける情けはない。

「『レフチェンコッ……!』」

 憎悪に身を委ねるのは人間の業。

 私は初めて――人間らしく叫んだ。

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