12-4 Awakening(帝国の遺産)――都内某所
「『どいつもこいつも! 役立たずばかりだ!』」
激高――。
怒鳴り散らしながら両腕をいからせ打ち震えている様は、恐ろしさと共に見苦しくもあった。
しかし、おかしい。
絶対多数を前にして毒を吐く余裕があるのか――?
『聞こえますか、みなさん!』
緊張感を伴いながら、キャサリンの可愛らしい声が脳内に響いた。
『レフチェンコが装備しているのは、恐らく「ヴェアヴォルフ」が使用していた魔術防御が付与された外骨格の亜種と思われます。あの当時と同じ性能なら、通常弾頭、物理的な衝突エネルギーはほぼ無効化されてしまいます』
再確認を含めてだろうが……随分と恐ろしい話である。
銃弾も剣も、爆発も効かない。
『昔見たのとはちょっと違うが……、あのルーン文字だらけの鎧は違いねぇ』
クラウディアが憎々しげに唸る。
アーマーベスト――。
禍々しい黒を帯びる肋骨。鎧にしては空間が空きすぎている。
しかし、随所に見たこともない古代文字らしき文様が刻まれ、金色に輝き生きているように揺らいでいる。
『ナチの魔術防御――。ルーン文字に秘められた霊的変換機能を使い、重力や電磁力など様々な力を統一的に記述・理解し、出力できる「統一場理論」に関係しているとも言われる』
『あれはただの音素文字じゃない。扱う人間が適切に施術すれば、強大な力を秘めた呪物が完成するんだ。もっとも「魔術防御」ですら、試験段階の代物でしかないけどな』
隊長とマイクが流暢に補足してくれた。
幾ら試験段階の代物でも十分すぎる脅威。
その脅威を身につけた悪漢が、こちらに敵意を向けているのである。
『……さぁ、試してみたらどうだ? 試験段階の代物だろうが、貴様ら有象無象の攻撃が通用するかを』
『――ッ!』
腕をいからせていたレフチェンコが、口元を歪ませながら挑発する。自信たっぷりの奴の様子に隊長が一人驚く。
痙攣と見紛う早さで消音器付拳銃を構え、即座に発砲した。
照準器を覗かない。
腰脇から即座に射撃するポイント・シューティング。隊長の最も得意とする射撃姿勢にて――引き金が引かれた。
耳を擽る気の抜けた銃声。
弾頭はレフチェンコの胴体に吸い込まれる――はずだった。
『……嘘だろ』
――驚かずにはいられない。
弾着光環がない。
当たり前だ、着弾していないのだ。
『まさか神聖化弾頭まで!』
レフチェンコは鈍色に輝く空間の皺みに包み込まれており、本来見えないはずの弾頭は玩具の独楽のように中空でぐるぐると廻転している。
1秒もせずに勢いは失せ、カラカラと甲高い音を立てて床に転がった。
『……バーナード!』
『了解!』
隊長の叫びにバーナードが応える。
刹那、窓の向こうから銃声が聞こえ、何かが飛び込んで来たのが分かった。何もなければ『弾丸』であることも飛び込んで来たことさえも認識出来なかったろう。
だが、音速を超えて飛来した7.62mm弾はレフチェンコの右側頭部に刺さることなく、手前数十糎の中空で虚しく廻転し拳銃弾と同じく地に墜ちるしかなかった。
「『例の欠点をあれだけの短期間に改良したのか!』」
デービッドが銃口を向けながら驚きの声を上げた。
欧州戦線で遭遇した「ヴェアヴォルフ」達には神聖化弾頭が良く効いた――。バーナードが函館要塞でそう言っていた。
だが、現実はどうだ?
レフチェンコは、それはもう見るも腹の立つしたり顔で、歯を剥き出しに高笑いしながら持論を巻き散らかす。
『――ハッ! 我々が何も「帝国の遺産」を奪うだけの泥棒とでも思っていたのか? 技術は常に進歩し続ける。心霊研究、超心理学は夢物語から科学へと進化したのだ!』
これが余裕の理由か――。
怖気が頭から背中に抜けて降りていく。コイツには通常の銃弾も、神聖化された銃弾も効かないのだ!
『クク――、霊的防衛ドクトリンを採用し、兵士にサイキックガジェットを大量に配備できれば……、後は分かるだろう? え?』
自信は饒舌に夢想を口から零れさせる。だが――ただの夢物語ではない。床に落ちた弾頭がそれを物語っていた。
『その力を使って為すことは――西欧侵略か』
『ハハハッ! 君達「神聖同盟」はあまりに愚図で鈍い! 本当に雑多で統率に欠ける組織だ。人類のためという美名に溺れ、肝心の霊能兵器の研究が進んでいないではないか! ……あぁ、反吐が出る。犬は犬死にするものだ。帝国の遺産を受け継いだ秘術――永久氷柱に貫かれて苦しむが良いッ!』
口元が――何かを呟く。
ぼそぼそとしか聞こえないが、その言葉と共に奴の両手から俄に白い靄が溢れ出した。
スモーク。
いや、冷気だ。
……何だあれは?
奴の掌に、何かが浮かんでいる。
暗がりに目を凝らすと――それは氷。
見るも弥立つ程に鋭く、鏃のようにピンと伸びた10糎ばかりの氷針が、不気味に浮いているのである。
突然レフチェンコが右腕を上げ、手のひらを我々に向ける。
その五指は厳つく歪み、人を呪い殺せそうな凶悪な手つきである。
『――元素魔法!』
『マズイッ!』
「『遅いぞッ――!』」
射出ッ!
叫びと共に掌の氷針は、まさしくも弾丸のように。
重低音の耳障りな風切り音を響かせて、光り輝く軌跡は空を切り裂く。ビーム条に輝く弾道の先、氷針は吸い込まれるように隊長の左上腕部に突き刺さった。
貫き、抉る。
隊長の低い唸り声と共に、鮮血がほとばしった。
『隊長――ッ!』
『……大丈夫だ!』
上腕部から生えるように斜めに突き刺さった氷の弾丸。
角度が良かったのか、鍛えられた筋肉の成せる技か。きっと骨には達していないだろう。これくらいならデービッドが手当をすれば問題ない。
しかし、弾丸はもう一つ。
『次だッ!』
間断なく続け様に。
氷の弾丸は異音の光線となり、胸部を狙ったであろうそれは、僅かに逸れてマイクの左肩に深々と突き刺さった。
『ぐッ――!』
隣に立っていたマイクが嗚咽を漏らし、弾着の勢いに負けて腰からドンッと倒れ込んでしまった。
「『マイク!』」
私がしゃがみ助けようとすると彼は右手で手を振った。
無事だ――、と言いたいのだろう。
左肩に突き刺さった氷柱は過剰なまでに白く輝いている。
ただの氷ではない……。
「『うぉおおおおおッ――!』」
突然、クラウディアの雄叫びが響き渡った。




