12-3 Awakening(帝国の遺産)――都内某所
どう考えてもカウボーイはロバート隊長だ。
解放された視界は、世界の解像度を驚異的に上昇させる。
何処かの廃ビルだろうか?
薄汚れた剥き出しの混凝土壁、ツンと鼻腔を擽る饐えた臭いが満ちる薄ら暗い広い部屋。春の日差しが暗闇を切り裂き、舞い上がった埃がキラキラと空に舞っているのが良く見えた。
光差す明るい廊下。
浮かび上がる人影のコントラスト。
目に飛び込んで来たのは、消音器付拳銃を腰脇に構えた筋骨隆々の隊長。
オリーブドラブの『アイクジャケット』を着こなし、その偉容は洋装にめかし込んだ金剛力士。後ろに見えるのは、消音器付コマンドカービンを立射姿勢で構えたデービッド、拳闘家クラウディア。
逆V字型隊形のまま歩みを進める。
「『動くなレフチェンコ。――動けば撃つ』」
銃口の向きが意志を表現する。
男一人を逃がさぬように、クラウディア、バーナードが即座に展開し――彼は銃と拳に包囲された。
『さぁ、ウラベ。もうこれで自由だぜ』
マイクの自信たっぷりな声が脳内に響く。
視線を落とすと、右横でレフチェンコの副官がだらしなく仰向けで倒れていた。ピロトカは床に落ち、前歯2本が綺麗に折れている。相当強烈な鉄拳だったようだ。
間もなく――手足の束縛もするりと解かれた。長時間座っていたためか立つのも覚束ないが、マイクが優しく肩を貸してくれた。
「『マイク!』」
「『悪かったな、色々と……』」
後悔か懺悔か、眉を顰めるマイクに対し自然と笑顔になった。マイクがスパイであった事実は変わらないのだろうが、――彼はこっち側に戻って来てくれたのだ、在るべき所に。
「『|キタリス――、赤いリスは家に帰ったぞ。残念だったなレフチェンコ中佐。ブリティッシュ・コマンドスの連中を甘く見たな。奴らの目も手も何処までも長いんだ』」
「『そうだぜ。忍従と我慢は俺たちの華だからな』」
暗がりに浮かぶレフチェンコの顔。
曇り歪む。
今まで居丈高に誇ってきた精華が、一瞬で瓦解したのだから無理もない。
「『フン――! 今まで我々に報告してきた機密情報に極度の乖離は認められなかった。貴様はスパイ……薄汚い裏切り者だろうがッ!』」
レフチェンコの手が制服の折詰を緩める。虚勢か否か、何とか自分のペースに戻そうとしているのだろう。
「『しかし何故だ。何故此処が分かった? 直前まで私以外誰も知らなかったはずだ』」
戻り調子に水を差す声が響き渡る。
「『――残念ね。幾ら場所を秘密にしたって、その邪な念は隠せないわ。……見えるもの、死斑のような黒い染みがそこら中に揺蕩ってるわ』」
毅然として容赦なく。
冷たく、それでいて懐かしく。
私が聞きたかった美声。光射す部屋の入口に、コントラスト際立つ真っ黒な人影。
紛れもなく、――ヒノエであった。
「『ヒノエさんの千里眼と読心術。彼女の発案もあり、全面的に協力してもらいました。建物に隠れていても、エンタングルメント・ストーンで念話をしている以上、辿る手立てはあるのです』」
「『なるほど、――「ラセツ」の連ち……』」
「『ヒノエさん!』」
意識せず叫ぶ。
自分でも分かる。
顔面が歪むほどの喜色を浮かべている。
抑えられない。
胸の高鳴りは上擦った声色となって部屋に響く。
「『卜部さん……。ごめんなさい、私――』」
高慢と侮蔑から一転。
透き通るような白い肌は俄に紅潮し、物憂げな瞳は動揺し、艶やかな薄い紅は噤まれる。京都以来、彼女側の事情で一度も顔を合わせることも出来なかったが、少なくとも壮健のようである。
「『いや――、良いんです。貴女が無事で安心しました』」
その一言にヒノエの視線が揺らぐ。
「『そんな……、捕まってたののは貴方よ。心配したのはこっちの方よ……』」
「『ヒノエさん、心配してくれたんですね』」
「『…………当たり前じゃない』」
視線を落とし頬を染めるヒノエに向けて、高揚した心が明瞭な意志となって口から飛び出る。
彼女は人の心を読める。
ならば隠すことはない。
私も彼女も互いに――。
「『ハッ――! お惚気はそこまでだぜ、ウラベ! 暇があったら、サッサとコレを持ちなッ!』」
部屋の入り口付近にいたクラウディアが、背中に担いでいた刀を勢いよく投げつけてきた。軽やかに放物線を描きガチャリ――と『髭切』が手中に収まる。
待ち焦がれた再会のように、しっくりと手に馴染む。
そうだ、――コイツも待っていたんだ。
先祖の卜部が滝夜叉姫から取り戻し、源頼光や渡辺綱といった侍達の手を経て、怪異を切り刻んできたコイツも在るべき所に。
「『……えぇいッ! どこまでも巫山戯た連中だ! 全く、腹が立つッ!』」
暗がりのレフチェンコが怒り心頭に叫んでいる。
身体は怒りに打ち震え、制帽が飛ぶように床に落ちる。そして勢い任せに、彼は羽織っていたオーバーコートを放り投げた。
……何だあれは?
ぎょっと目を見開いた。
暗がりでも大凡分かる。
コートの下。
彼の軍服には、無骨で醜い髑髏が刻まれた外骨格が装着されていたのである。




