11-3 Conflict(ソ連軍独立特殊任務中隊)――東京
XアヴェニューとAアヴェニューの交差点。人だかりが少しばかり疎らになった間隙を縫うように、石造りの道路から男が二人。
――ソ連兵だ。
すぐに分かった。
こんな特徴的な軍服はあの国しかない。
赤が輝く将校用制帽、革製のオーバーコートに身を包んでいる。
薄いオリーブ色に赤のコントラストが色鮮やかに眼に突き刺さる。
奥の男は……付き人であろう。
同じくオーバーコートを着用しているが、ソ連軍らしい略帽を斜めに乗せている。両名とも只者ではないのはすぐに分かった。
「『レフチェンコ中佐……!』」
隊長の目が割れんばかりに見開かれ、大きく口を開く。
驚愕の表情。
私が驚くくらいだ。
隣のデービッドも息を呑んでいるが、その瞳は見るからに敵意に塗れていた。
「『……どうした? 幽霊でも見たような顔をして。焼け落ちたトーキョーで今も化け物狩りか? それとも帝国の遺産目当てか?』」
ニタニタと侮蔑の笑みが一目で癪に障る。
隊長が口にした「レフチェンコ」という名前。
ロシア人だろう。
骨張った顔に大きな鼻。
傲慢さが滲む目元。外見で人は判断してはいけないが正直に言えば……私は剥き出しの嫌悪感を抱いた。
「『あの爆発で生きていたのか』」
「『ハハハ――! 勿論! 傷一つ負ってないぞ!』」
高笑いしながらぐるりと廻り、オーバーコートの裾がふわりと舞う。
旧友に会った踊りではない。
敵意と侮蔑を込めたそれでろう。
「『欧州では貴様らに一杯食わされたが、――戦争は終わった。今、私は対日理事会に出席されている将軍の副官だ。共にジャップを倒した国同士、大っぴらに敵対する気など無いよ』」
――対日理事会?
思わず眉を顰めた。
新聞報道で概要は誰でも知っている。
神の如き権力を有するマッカーサー元帥を良しと思わない連合国や米国ワシントンによる掣肘――要はお邪魔虫である。
元帥は徹底的に彼らを無視しており、その軋轢は市井の耳目を集める。この「対日理事会」にソ連代表が出席しているのは知っていたが……、その副官だと?
「『……敵対しないことは喜ばしい。だが、もしこの国で怪異を使い騒乱を起こすことがあれば、我々は毅然と対処するつもりであるから、そのつもりで』」
冷静を努めつつ向けられる敵意。
手を取り合って、というつもりはないらしい。
「『はッ――、騒乱を起こしてるのはどちらかね? ヨヨギでは結構な騒ぎだったではないか? え?』」
タケミナカタとの戦い。
後から聞いた話だが、ナチュラル討伐とはいえ工事中、しかも細々と入居も進められているというワシントンハイツの近くで戦車の76粍砲の轟音が鳴り響いたのは、流石にまずかったらしい。
不発弾処理という便利この上ない隠蔽工作がされたはずだが……、こいつにはあれが我々が起こしたものと分かっているようだ。
「『人に仇なす怪異を討伐するためには多少の騒ぎは仕方が無い。少なくとも、我々は非人道的な怪異実験を兵装に取り入れる事などはしないし、帝国の遺産を奪いに人を殺したりはしない』」
「『あぁ――、前者の前者は同意だねぇ。ナチ共の魔術防御や洗脳技術は、強制収容所の人体実験の産物だからねぇ。……全く腐った連中だったよ』」
――白々しい。
全く事情が掴めなくても見当が付く。
ナチの戦争犯罪を口にしていても、この男も似たような価値観を持っているに違いない。後者を否定しないところも含めて――こいつは怪異の力で人を殺す奴だ。
「『隠すこともなかろうが、函館では我々が到達する前に彼らは死んでいた。隠された秘密研究所をどうして知っているかは聞かないでおくが』」
「『ふん――、何のことだかサッパリだ。だが我々の目は地を見晴るかし、耳は天の果てまで聞こえる。色々と用心するんだな』」
火花が散るという表現があるが、――これは火花ではない。
暗器を隠し持った殺し合いだ。
殺意に近い敵意を含んだ口頭弁論。
批難の応酬。
一戦交える肌を刺す緊張感に身体が武者震いした。だがレフチェンコが言っていた通り大っぴらに敵対する意図がないのなら、これ以上の衝突は非生産的だ。
「『……隊長、もう行きましょう。目的も達せられなかったのですし』」
「『そうだな……』」
隊長が口角を下げながら、視線を落とした。
それから、僅かに面を上げてレフチェンコを強く睨んだ。
「『レフチェンコ中佐、我々は別件でここに来ていただけだ。貴官とは偶々会っただけだ。我々は基地に戻ることにする』」
「『まぁ、それが宜しいでしょうな。ジェームズ大佐もそれをお望みでしょうしなぁ』」
――最後の一言に隊長の眉がピクリと動いた。
だが……この人は強い人だ。
感情をぐっと押し殺すように、軽い敬礼を行ったのだ。
最低限の礼節としてレフチェンコ中佐も敬礼を交わすが、その侮蔑の視線には鼻持ちならない。
強い歩調で歩き出す隊長の背中を追うように、私とデービッドも続く。少しして後ろを振り返ると――まだ侮蔑的な視線を私達に送っている。遠く小さくなっていっても、その眼は変わらない。
『隊長! 最後の言葉は……』
『あぁ、全く想定外だ。G2特務機関がよりによってソ連と手を結ぶとは――!』
昔の私なら毫も分からぬ具合だったろう。
だが今ならよく分かる。
第二次世界大戦を終え――いや、戦時中にも関わらず米ソ両国の溝は深くなりつつあった。連合国同士であっても所詮は同床異夢に過ぎない。
イデオロギー、目指すべき世界、人間の在り方が全く異なるのだ。
呉越同舟。
船を下りたらまた戦が始まる。
米ソはその強力な軍事力を以て、陣営という形で世界を二分しつつあった。
このGHQ内部でもそれは変わらない。
G2は“反共産主義”の急先鋒。
今、私が後にした館の全てが反共産主義の砦なのだ。
その特務がよりにもよって……。
俄に背筋が冷たくなった。
もしかしたら我々『神聖同盟』の知らないところで……恢々と陰謀の網が広げられ、我々を包み込もうとしているのではないか?
『ウラベ、絶対に奴を信用するな。いいな』
『言われるまでもないです』
その返答に、デービッドがくすりと笑った。
『ウラベも一人前ですね、頼もしい限りです』
『なんだか虚仮にされてるみたいだなぁ』
『いえいえ、ちゃんと人を見てるって事ですよ』
全く悪い気はしなかった。




