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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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11-2 Conflict(ソ連軍独立特殊任務中隊)――東京

挿絵(By みてみん)


『思ったより、時間が掛かったな』

『すみません』

『いや、ウラベのせいではないさ、気にするな』

 腕時計を見るともう2時間。

 道中運悪く3回も交通事故の渋滞に遭遇していた。

事故(クラッシュ)が多すぎますね、今の東京は』

『左側通行に慣れてないんだ、特にアメリカ人は』

 ()()()()()()()()()。昔から――といっても、私が生まれた頃にはそうだったが車の普及から考えてもそう古い話ではあるまい。

 この占領下の日本(オキュパイドジャパン)でも、それは変わっていない。聞くところによると、GHQは日本政府に米国同様の右側通行を要求したらしい。しかし金勘定か矜持か――、結局政府が拒否することに相成り今に至る。

『私も上手くないので慎重に運転してますよ』

『いや、ウラベの運転は上手いぞ。クラウディアに比べたら貴族の馬車の乗り心地だ』

()()なのに上手いのは天賦の才ですね』

『あ……、ありがとうございます』

 事故を起こした米兵を笑えない。

 昨年までは私も()()()()()()だった。

 横浜での戦いを終え、隊長の勧めで運転免許を取ることになった。

 だが進駐軍の免許認定は非常に緩。

 基地内で申請、試験となったのだが「ハンドルを握って短い距離を走らせたら即合格」――である。

 アメリカ人は大らかだ。

 それは知っている。

 だが幾ら何でも適当すぎないか?

『もうすぐ目的地だ。Aアヴェニュー(内堀通り)Xアヴェニュー(行幸通り)の交差点近くまで行ってくれ』

『分かりました』

 焼け跡とバラック。

 焼けなかった家々とビルヂング。

 春は平等に訪れ、桜の花びらが東京の空に舞う。

 澄み渡る青空を見ていると鬱屈とした占領下の現実を忘れられる。だが跡形もない旧陸軍参謀本部と焼け落ちた陸地測量部を尻目に、お堀端(皇居前)の近くに停車した頃には、否が応でも現実を見ることになった。

『……相変わらず、この人混みには馴れないな』

 隊長の苦言が漏れ、内心強く頷いた。

 GHQ前――いや、連合軍からはAアヴェニューと呼ばれている内堀通りはいつも人だかりである。

 街路にはピカピカの路駐車がズラリと並び、多くの占領軍関係者が肩で風を切っている。GHQが入っている第一生命ビルだけではない、丸の内一帯ほとんどのビルヂングが連合軍に接収された。

 兵士や士官、米兵家族の宿舎として。

 占領業務を行う各機関の拠点として。

 そして娯楽施設として。

 だから定刻に昼食を取りに出かけるマッカーサー元帥を見ようとする日本人の見物人だけではない。膨大な数の連合軍兵士が蠢く都市空間、それが皇居前という空間だった。

 そのただ中にあって接収を免れた帝国劇場だけが、日本人に残された最後の誇りに思えてならなかった。

『さっさと行こう。我々の要件はただの見舞いだ』

『分かりました』


 ――函館の霊能研究所にて。

 意識を失っていたジェームズ大佐は札幌の連合軍専用病院で意識を取り戻し、その後すぐに任務に復帰したらしい。

 立場は大きく変われど、戦友には変わらない。快復祝いとは言わなくても顔を出しておく。

 隊長の義理堅さに誰も文句はなかった。

『私が行ったら、彼は怒らないでしょうか?』

『奴も大人だ。命を救ってくれた恩人に罵声を浴びせるような真似はしまい』

 天使を崇めた男と、天使を殺した私――。

 その隔絶はきっと絶望的な距離だろう。

 それでも隊長は挨拶をしておいた方が良いと言う。

『いずれ日本で頻発する怪異現象に彼らが関わっている以上、ちゃんとした関係を持たねばならない。――彼らが原因なら手を引いて貰うか、最低でも情報共有体制が必要になる』

 隊長の思い詰めた顔に通行人は視線を逸らしてしまう。

 強面とはいつ如何なる時も不憫なものだ。

 私はその隣で、――非常に不謹慎だが、お堀端を流れる穏やかな春風を頬に感じ、何となく場違いな安心感に包まれていた。

 もしかしたら、気が大きくなっているせいかもしれない。

 邪眼に髭切、大天使すら殺してしまう自分の力に、漠然とした不安と漲る自信が綯い交ぜに心中に蹲る。

 そんな腹の中のどろどろを、山笑う春風は優しく包み込んでくれる。

『……ここだ』

 隊長の一言にビルを見上げる。

 連合軍が接収したNYK(日本郵船株式会社)ビル。

 地上7階、地下1階の堅牢な近代建築ビルヂングである。日本人にも連合軍にも恥じない佇まいに、見上げながら「ほぅ」と気の抜けた息が漏れた。

 このビルにG2の各部署が入っている。

『1階は庶務、2階は通訳、3階は諜報と検閲、4階は軍事情報、5階は通信――。だいたいそういう具合だ。流石に各課の詳細までは知らされていないが、あいつは3階に来いと言っていた』

 事前に電話連絡した限りでは、少なくとも穏やかな口調だったらしい。

 3階の一番端。

 名称は掲げられていないらしい。

 正式な機関かも疑わしい。

 隊長によると、ジェームズ大佐が筆頭に動いているが、実態として準備段階らしく、前身組織(OSS)の影響力が大きかったからこそそれなりの規模感(銃器の配備)を以て活動に当たっていられるようだ。

 非公式な存在。

 戦争の影、陰部。

 ここがそういう場所であることに変わりはない。我々は丸腰で敵地に足を踏み入れるのだ。

 ――ところが事態は思わぬ方向に転がった。

「『いないだと?』」

そうです(Yes)

 1階の受付でブロンドの受付嬢が困り顔で首を振る。

「『理由は?』」

「それが急用とのことで、詳しくは……」

 デービッドが眉を顰めて唸る。

『まだ許していないのでしょうか?』

『……いや、それならこんな子供騙しのような嫌がらせはしないだろう』

『何かあった――、と考える方が現実的かも知れませんね』

 隊長が唸り、筋骨隆々の腕を組む。

 双眸を瞑り沈思黙考すること僅かに数秒。隊長はさっと結論を出した。

「『……了解した。ロバート宛に後日連絡をするように伝えてくれ』」

承知しました(Certainly)

 肩透かしである。

 憤懣とも不安ともつかぬ心持ちは私だけではないだろう。

 それでも目的の人物がいない以上、ここにいてもしょうがない。首を傾げながらビルヂングの玄関を出ると、――突然聞いたことのない言語で声を掛けられた。



「『相変わらず、ごった煮で薄汚い部隊だなぁ、ロバート大佐』」

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