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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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11-1 Conflict(ソ連軍独立特殊任務中隊)――東京

挿絵(By みてみん)


 ――善い人間は、よしや暗黒な内の(うながし)に動されていても、始終正しい道を忘れてはいないものだ――


 確かゲーテの『ファウスト』だったか。

 悪魔メフィストフェレスと善なる主の会話だったと思う。

 私は善い人間だろうか?

 怪異を倒して人を守るために行動している私は本当に善い人間だろうか?

 善い人間であれば()使()()()()()()善いのだろうか? 


 春麗らの立川基地は気怠いくらいに呑気である。

 執務室から窓の向こうを見上げると、晴れ渡る群青色に桃色の花弁が気持ちよく流れていく。

 4月初頭を過ぎ気温も例年同様に暖かい。

 春を告げるメジロがチーチーと啼き、ウグイスがホーホケキョと耳を喜ばす。(つんざ)く航空機の爆音を縫い、よく聞こえるものだ。

 敗戦から2年近く経過している現実を、度々忘れそうになる。

 新聞紙面を踊る様々な改革。

 学校教育法。

 地方自治法。

 労働基準法。

 いずれも目も眩むほどの煌びやかな民主的改革である。

 その影で国民は飢え続けている。

 戦災孤児と傷痍軍人の嘆きは空を舞い、タケノコ生活で身包みを剥ぎ糊口を凌ぐ。庭や道路は畑に姿を変えたままで、夜に身を窶す婦人と闇市にのさばる暴利暴力。

 国民の飢えを尻目に舶来品を買い、柔らかいベッドに沈み、清潔な水で顔を洗い、ラジオに耳を傾ける。他の使用人や軍属の日本人とも顔見知りになったが、私の生活は彼らと次元を異にする。

 ――さながら殿上人のように。

 私は善い人間であるか?

 暗闇の中、正しい道を歩んでいるか?

 ヒノエは、――彼女は、私を善い人と言ってくれるだろうか?

 答えのない問いは、虚しく腹中をのたうち回る。


『大丈夫ですかウラベ?』

 呆けて空を見ていた私を、デービッドが心配そうに声を掛けてきた。記事をスクラップする手は止まり、精査すべき報告書を見ていないのだから当たり前である。

『あぁ、すまない。考え事をしてたんだ』

『ヘッ! どうせ女の尻でも考えてたんじゃねぇのか?』

『ウラベさんに限って、そんな感じのことは……ないわよねぇ?』

『大方ミエコに惚れちまったんだろ。あいつは良い奴だからな』

『活発な女優(アクトレス)ですものねぇ、無理もないわ~。もしくはヒノエさん?』

『くへぇ、「博打に幸運、恋愛には不運」かよ。どっちかにしろよ』

『私知ってるわよ。日本のことわざだと「アブハチトラアズ」って言うんでしょ? どっちも手を出すと痛いわよ』

 どんどんどんどんと話が進む進む。

 クラウディアの喩えは分からないが、虻蜂取らずの意味を正すべきだろうか?

『――クラウディア、キャサリン。ふざけるのもいい加減にしろ。罰としてこの間、三鷹で発生した怪異現象の報告書をまとめさせるぞ』

『『う……』』

 バーナードのお叱り。

 苦虫を噛み潰したように黙りこくる二人は見ていて面白い。タイピング(打鍵)が苦手なクラウディアにとっては覿面(てきめん)の罰だ。一方、キャサリンはニューヨーク時代に(かじ)っていたお陰で苦もなく報告書を作り上げられるが――仕事は増やしたくないだろう。

 ()()()()()()()なら、米国人タイピストの雇用もあり得るだろうが――ここでは雇えないのだ。

『……反省します』

『よろしい』

 バーナードが肩を竦ませて私を見た。

『悩み事があったら相談してくれ。相談相手は誰でも良い。一人で抱えて解決出来ることなんて、この世の中にはほとんどないんだ』

 冷淡にも思える程に簡素な言葉で、合理的な親切心を見せる男だ。しかし、腹中に蠢く『利用されているからこそ大事にされる』という論理(ロジック)がじわりと影を落とす。

 滝夜叉姫、ウリエル――。

 邪念を振り払うように首を左右に振った。

『ありがとうございます。もし心配があれば、ちゃんと言葉にしますよ』

 その言葉を念じたと同時に、突然執務室の扉が開いた。

 見ると、隊長が紙切れを手にその場で佇んでいる。

 いつもの通り口は真一文字。

 無骨な表情は見るものを竦ませる。

 それでも見慣れていると、僅かな違和感に気づくこともある。

 ――どこか嬉しそうだ。

『マイク、英国のコマンド仲間からメッセージが来てるぞ。――|キタリス《Red Squirrel》は巣に戻った、とのことだ』

 執務室の一番奥、ソファーで英字新聞を読んで寛いでいたマイクは、首を上げると意外そうな顔を浮かべた。そして僅かに鼻を鳴らして頭を掻いている。

『ふーむ……。やっぱり戦争の癖が抜けてないですなぁ。もう暗号っぽく言わなくても良いのに』

 その瞳に映るものはかつての戦友か。

 マイクの表情がこちらもまた僅かに明るくなる。

『隊長。俺からメッセージを送るのも野暮だから、代わりに電報打っといてください。()()()()()()()()()()()()()()()()、――ってね』

『ふッ――、分かった』

 二人だけにしか分からない会話が飛び交う。

 デービッドに視線を送ったが彼も首をかしげている。バーナードもクラウディアも皆一様である。

 詳しい話を聞こうとしたのか、クラウディアが口を開こうとした瞬間――、遮るように隊長が手を翳した。

『まぁいい。それよりウラベ、デービッド。今日はちょっと外に出る用事が出来た。私と一緒に来てくれ』

『了解しました。場所は?』

 デービッドがスケジュール確認含め、手帳を手にしながら尋ねると、隊長は静かに鼻を鳴らした。

『東京駅前のNYKビル。――()()()()()()だ』

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