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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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10-7 mayhem(ウリエル)――旧函館要塞

挿絵(By みてみん)


「『何者だ!』」

 隊長の野太い叫びが反響しながら響き渡る。

 見知らぬ何者か。

 どこから来るかも分からぬ恐怖。

 背中を隊長に預けて中空に銃口が向けられる。ジリジリと隊長を中心に円形の隊形(フォーメーション)が形作られる。

 蒼が闇を照らし、漏電の輝きとバチバチという破裂音が中央研究室(コンサートホール)を彩る。

『原罪は炎で焼き尽くし――』

 威圧。

 呼応するように言霊石エンタングルメントストーンの輝きが蒼と群青色にせわしなく明滅する。眩しさに視線を壁に避けると、機械にもたれ掛かっていたジェームズが酷く怯え始めたのが見えた。

「『あ、あぁ――、お、お許しを……! 私達は貴方様に刃向かう気など、……あぁ!』」

 震える両手で出血している頭を抱えて唸り声を上げる。

 焦点の定まらない瞳。

 その瞳は何を見たのか?

 答えを聞く前にジェームズはピアノ線が切れた操り人形(マリオネット)のように、その場に突っ伏してしまった。

「『ジエームズ! ……えぇい、姿を現せッ!』」

 隊長の擲弾銃(ライオットガン)が研究室の天井に向けられる。

『そうだな。姿を見せた方が早い』

 言霊石エンタングルメントストーンの明滅が静かに収まり、やがて水を打った静けさを取り戻す。蒼は鈍色(にびいろ)に落ち着き、部屋は白熱球の緋色がかった白色の彩りを取り戻した。


 ――而して、中央装置の後ろ。

 耳障りな足音がざりざりと響き渡る。

 一番奥の装置の後ろから迷いなく、するりと滑るように人間が現れた。亜麻糸の織物――羊飼いのような姿をした金髪碧眼の青年。白く上等な麻布に蒼の束帯、金色と紫の刺繍に彩られた腰巻き、そして肩から掛けられた青紐。

 まるで「聖書」に描かれた誰かだ。

 だが――人間じゃない。

 その眼は()()宿()()()()()()()()()()()()

 鬼気迫る深紅のルビー。

 透き通った瞳に人を鏖殺(みなごろし)するような脅威は感じられないが、――場違い。違和感。その佇まいが怪異であることを証明している。

 彼我5(メートル)

 ミエコが驚きの声を漏らした。

『そんな――、ここにはかなり強力な結界が張られてるのよ。そんじょそこらの怪異じゃ入ることも、形を維持することも出来ないはず』

 ここは()()()()()()()

 想定外の怪異を防ぎ再現性に影響を与えないよう、当然の防衛措置が施されていたのだろう。

 だが、眼前の怪異はどうだ?

 悠然と歩きこちらに近づいてくるじゃないか。

『つまりこいつが尋常じゃない、って事だろ』

 クラウディアの拳がギチギチと鳴る。全ての銃口が怪異に向けられる。

 しかし、臆すること無く浮かべられる喜色。

 彼我3メートル

 怪異はピタリと立ち止まった。

『只者ではないのは分かる。――名は?』

 怪異の表情(かお)は俗気から解き放たれた自然物のように飄々とし、隊長の問いに静かに応えた。

『ウリエル』

 その名は――、私ですら聞いたことがあった。

 天使の中でも上位も上位。確か大天使の……。

『神の光。熾天使(セラフ)。永久の業火。大天使ウリエル――!』

 慄くように言葉を紡いだのはデービッドだった。キリスト教やユダヤ教に造詣が深ければその名前の意味する所を、即座に理解出来たのだろう。


 永久の業火――。

 その言葉と共に、廊下や部屋に横たわる焼け焦げた遺体が脳裏を過った。

『神に連なる力は人の子にはいらぬ』

 ウリエルと名乗った怪異は喜色を消し、厳かな、それでいて威圧を含んだ声色で語り出した。

『神の慈愛、()()()()()、天に導く霊石。人の子は己の都合に合わせ、言葉の壁を取り払うように手を加えたようだが――畏れ多い限りだ』

 牧師が信徒に語りかける。だが慈愛はない。そこにあるのは徹底的な見下しだ。表情(かお)と声色が全てを物語っている。

『ジェームズ達に何をした!』

『難しい話ではないよ。彼らは()()だ。罪を犯した盗人は罰せられ、炎であぶられて当然であろう?』

 冷たい眼差しが炎を宿す。

 見る者を竦ませる懲罰の炎が煌々と。

 廊下や研究室に横たわる屍の数々が、神の炎に焼かれた印。だが隊長はその現実を歯牙にも掛けず、銃口を向けながら問答を続けた。

『盗人は、どちらかな? どうせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()したんだろう? 青白いリングと閃光は、稼働状態になった霊的分離不能石エンタングルメントストーンを手に入れようと、()()()()()()()()()()()()――そんなところだろうが。しかも、お粗末にも結界を解けなかったようだな』


 冒涜。

 不遜極まりない。

 おそらくわざとだろう。

 一触即発の空気が肌をジリジリと刺し、引き金(トリガー)に掛かった指に力を込める。

 追い打ちを掛けるようにミエコが迫った。

『この言霊石、霊的分離不能石エンタングルメントストーンは、戦前に中国大陸から回収したものらしいけど、これだけ巨大なのは世界的に珍しいわ。私達が身につけている小粒ほどのものでも、少し手を加えるだけで人間が持つ現代技術を遥かに超えた有用性を示す――』

 二十六年式拳銃の銃口が蒼に照らされて鈍く輝く。

 ミエコの瞳が鋭さを増す。

『魂を受像することが出来ても研究は遅々として進まず、石の効能も未知なことだらけ。でも、もし研究を続けて真価を発揮できたら――、()()()()()()()じゃない?』

 ――突然、天使(怪異)が歯を剥き出しにして笑った。

『やはり面白い! 人の子よ! 何故斯くも愚かに神に逆らい、神を利用しようとするのか! 光差さぬ(たなごころ)で踊る哀れな者どもよ。この私自ら、神の御光(みひかり)となって罰して進ぜよう――!』

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