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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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10-8 mayhem(ウリエル)――旧函館要塞

挿絵(By みてみん)


 ウリエルが右腕をゆっくりと天に掲げた。

 天に繋がり神の栄光を授かるように、掌からは勢いよく炎が噴き出した。

 青白い――。

 炎色反応でも見たことがない。

 目も覚めるほど鮮やかに透き通る。

 だがこの炎こそが、ここに横たわる兵士達を焼き殺したのだ。

『盗人も罪人も、ソドムのように焼き尽くしてくれる』

 麻布を纏った金髪碧眼の殺戮の大天使――。

 炎を纏った右手をこちらに翳しながら、ゆっくりと歩みを進めてくる。

『全員、発砲許可!』

『『『了解――!』』』

 嘗て隊長達が遭遇したマンセマットは、ビルヂングをも越える巨躯を有していたという。

 だが目の前の青年は高々6尺(180センチ)程度だ。

 例の結界が力を削いでいるのかもしれない。

『発砲します!』

『私が続く!』

 デービッドの英国製騎兵銃《消音器付コマンドカービン》が静かに火を噴いた。弾着の光環(クラウン)が研究室を明るく照らすが――ウリエルは一向に動じない。

 歩みに視線にぶれもなく。

 バーナードも続け様に狙撃銃(スプリングフィールド)を発砲するが虚しく銃声が木霊するだけで、ウリエルの歩は進むばかり。


 おかしい――。

 神聖化弾頭が効かない。

 続けて機関銃(グリースガン)を撃つべきか、人差し指が俄に震えた。

『無駄だ、人の子よ。その力は()()()()()()()()。私には効かぬぞ――』

 絶望的な一言に背筋を寒気が駆け抜けた。

 きっと皆も同じだろう。広く怪異に効力がある『神聖化』が――、この大天使には効かない。今まで悉くその輝きで怪異を滅してきた、頼みの綱。

 戦慄。

 害意を向ける無傷の存在が近づく。

 皆の動揺が(かんばせ)に現れている。冷静なバーナードは眉を顰め、デービッドは口角を下げている。手に握られている銃が効かないという言い知れぬ絶望感は、胃をキリキリと収縮させる。

 だが――咄嗟に浮かぶ。

 ()()()()()


「『ウリエル――!』」

 背筋を走る緊張も流れる冷や汗も、全てを邪眼に乗せて。

 神の恩寵を受けし大天使を呪い殺す。

 叫び、視線を射かける。

 油断か無知か、ぐいっとウリエルが首だけを私に向けた。

 ――バチリと視線が合う。

 宝石のように透き通る炎を宿した冷たい眼。

 漆黒に塗りつぶされた禍々しい紅蓮の瞳で睨みつける。

『ぐ……がッ……』

 ウリエルの表情(かお)が俄に歪み、唸る。

 唇を食み、眉を顰め、瞳の炎が大きく揺らぐ。

 効果はある――!

『くく……、なるほど……。()()()()()()()――か』

 ――サリエル?

 かつてフォカロルが口にした、その名。

 確か大天使に相当する、かなり上級の天使なはずだ。

 ――はず、である。

 その天使、記載されている文献や伝承により評価がマチマチで、天使なのか大天使なのか、はたまた堕天使や悪魔なのか、良く分からないというのがデービッドやキャサリンの評である。

 そいつと――同じ?

 ウリエルは何処か欣然とした様子で口角を上げた。

『なれば呪われし人の子よ! 神の御光にてその忌々しい邪眼ごと焼き尽くしてくれようぞ!』

 彼我3(メートル)しかない。ウリエルは大きく腰を落とし、その場でしなやかに屈伸した。


 飛びかかってくる!

 そう認識した瞬間に不思議と身体が動く。

 右肩の負い革(スリング)共々、機関銃グリースガンをするりと手放す。甲高い金属音が部屋に響き渡ると同時に、組紐(くみひも)をぐいっと乱暴に下に引き、(さや)ごと『髭切』を前方に廻転させる。

 刀身を吐き出すように。

 抜刀の勢いそのままに天高く上段に構えた。

『神なる炎に!』

 筋骨の映える健脚のバネが弾ける。

 躯は身長ほどに飛び上がる。

 炎を宿した(かいな)が私を掴もうと、爆発的な勢いで近づいてくる。

 正面、その腕は私の眼を焼き付くさんと……。

『させるかッ――!』

 猪突を避けるは廻転により。

 半歩前の左足を軸に身体はぐるりと反転し足が、混凝土(コンクリート)床に半円を描く。

 ウリエルの豪腕、灼熱の炎が眼前を流れ――、廻転の勢いを殺さぬまま、その右腕に向かって勢いよく刀身を振り下ろした!


 ザンッ――と、重々しい感触が『髭切』を伝わる。

 鈍い光陣(緋色の輝き)がウリエルの右肘を捉え、筋肉隆々とした白い腕は炎を纏いながらぐるりと虚空を廻った。

『なッ――、なに――ッ!?』

 苦痛、驚異、畏怖。

 あらゆる負の感情を滲ませた表情(かお)。目は一杯に開かれ、眉は大きく反り返る。身体を離れた右腕は神の炎を宿したままボトリと床に墜ち、ピタリと動かなくなった。

『お、おのれッ――! 我が腕を傷つけるとは……。預言の者(ヤコブ)以来よ……』

 歯を食いしばり、肘より先がなくなった右腕を押さえている。

 しかし血は流れない。

 傷口からは僅かに光の粒子が漏れ出ている。

 やはり怪異、怪異なのだ。

 血は流れなくとも、大きく蹌踉(よろ)めいてる。

 行ける。

 隙を与えてはいけない。

 本能が身体を動かしている。

 即座に振り下ろした刃を真正面、中段に持ってきた、――その時。


『マイク! 今よッ!!』

『ほい来たッ!』

 私の殺意を断ち切るように、脳内にミエコとマイクの掛け合いが響き渡った。

 辺りを急ぎ見渡すと、ミエコは相変わらず銃を構えているが、いつの間にか()()()()()()()

 間断なく、地を揺らすような重低音が鳴り響く。

 言霊石エンタングルメントストーンが蒼を、――いや蒼ではない、透き通るような白みがかった群青色に輝きだした。

 何処までも広がる青空。

 眼に映える色を湛え、キーンと甲高い音が耳を聾する。

 その変化に動じないのは、こいつだけだ。

『恐れを知らぬ人の子よ。慈悲の一片もなく、焼き払ってくれる!』

 声に籠もるは憎悪か畏怖か。

 ウリエルの左腕全体は青白い炎に覆い尽くされ、憎々しげに私に向けられた。全てを焼き尽くす不退転の決意が滲み出ている。

 隊長達の『神聖化』弾頭が効かぬ今、通用するのはこの()()()しかない。

 武者震い。

 全身が僅かに揺れた、その時。

 意外な声が研究室に響き渡った。

『――どれ、手伝ってやろう』

 ()()()()()()()()

 声に導かれるように、研究室の壁全面から大量の骸骨がぬるりと現れ始めた。

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