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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第四章 呪われた力の行く末
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10-5 mayhem(ウリエル)――旧函館要塞

挿絵(By みてみん)


 看板もなく、表示もなく――。

 扉の向こうは、湿気に塗れた暗闇が鎮座する階段が我々を地下へ誘う。

 まるで洞窟だ。

 そう思い懐中電灯を背嚢(リュック)から取り出そうと手を伸ばした時、ミエコが入ってすぐに何かのスイッチを上げた。途端に天井にぶら下がっている白熱球達が輝きを放ち、見通しの悪い暗闇は――これまた生気の無い混凝土(コンクリート)壁に変化した。

『電気のブレーカーは函館市街にあるウチの子会社にあるらしいけど、……まさか生きてるとはね』

 感嘆とも呆れともつかぬ声を漏らし、振り向きざまに首を傾けた。

 ――行きましょう。

 無言の誘いに銃把(グリップ)を握る指に力が入った。


 入口は極端に狭い。

 一人通るのがやっとなのに、入ってすぐに直角に曲がっている。

 そして円を描く様に下に、下に――薄暗い混凝土(コンクリート)壁が延々と続いている。銘々が武器を構えるがとても即応できそうにない。

 あまりに冷たく、寒い。

 地下故に温度は一定なはずなのだが、それでも寒い。

 ぼんやりとした白熱球が白い息を映し出し、我々は階段を降りていく。視線を下に移すと床面に僅かに見える足跡があり、それらは先程目撃したブーツとも一致するようだ。

『最初か、3番目か、あるいはどちらもか――。泥棒さんは誰でしょね?』

『へッ、どっちもぶっ飛ばしゃそれで良いだろ!』

『いきなり殴らないでくださいよ、クラウディア』

あの時(迷い家)もそうだったわね』

 緊張が冗談を誘い、軽口が我々を我々たらしめる。

 俄に訪れた安堵に目元を綻ばせていると、――突然だった。

 鼻腔に突き刺さる異臭。

 脳髄に電流が流れる。混凝土(コンクリート)の湿った香りではない。

 ――血の臭い。

 戦場でしか嗅いだことのない、非日常の誘い。

 生臭く、吐き気を催す生理的に受け付けない――臭い。

 何かが焼けたような臭いも混ざり合い、まさしく大陸での惨禍を彷彿とさせた。

『……急ぎましょう』

 ミエコが慌てて階段を駆け降りはじめた。

 誰かが侵入した施設で血の臭いが漂う――。

 振り向きざまに視線を合わせ、私達も早駆けに降りていく。十数段の階段を降りきると、視界がやや開ける。そこは幅4m程の直線通路になっていたのだが、ミエコが思わず声を上げた。

「『……あぁッ!』」

 緋色がかった白熱球の明かりに照らされて。

 冷たい混凝土(コンクリート)の通路に点々と人間が、いや――明らかに人間だった死体が幾つか転がっていた。

 奥行き20(メートル)程に5体。

 遠目でも分かる。

 身体の一部や全部が黒く焼け焦げている。

 仰向けに、蹲り、俯せに――、銘々の倒れ方で死臭を辺り一帯に漂わせていた。

『……全員全周警戒。デービッド、クラウディア、先頭で遺体を確認。バーナードは最後尾で退路を確保。ウラベとミエコさんは私に続け』

『『『了解――』』』


 散乱する焼死体。

 その現実に、頭からサーッと血の気が引くのが分かった。

 銃口の先に意識を集中し、そろりそろりと近づいていく。

 遺体の外見は、どれもこれもガタイの良い金髪碧眼の男達である。一様に顔は醜く歪み、上半身や頭だけが真っ黒に焼け焦げている者もいる。

 ――一体、何をされればこんな死に方をするのだろう?

 戦争は終わったというのに。

 胃が収縮し、俄に吐き気を催した。

 砲弾が降り注ぎ、戦友が銃火に倒れる光景。硝煙と死臭が漂う戦場にしかこんな光景はない。

 遺体の服装を見下ろすと、よく見る上着(フィールドジャケット)である。金髪碧眼で米軍のジャケットを着用しているのなら、彼らは米軍だろう。

 しかし――。

『おかしいぜ、こいつら』

『えぇ、()()()()ですね』

 何が――?

 そう口に出そうとした時、ロバートが重々しく唸った。

銃把(グリップ)に星印。トカレフ(ソ連製拳銃)ペーペーシャ(ソ連製短機関銃)――。()()()()()()()()()


 ……何だと?

 予想外の単語が私を茫然とさせた。

 ソ連兵が最初の訪問者?

 この函館の「霊能科学研究所」の遺産を求めに?

 この(むくろ)達は――。

『まさか米兵に偽装して来るなんて』

 ミエコが左手で口元を押さえながら拳銃を構えている。見れば、その銃口は僅かに震えている。

『……行くぜミエコ。何が出てもビビるんじゃねぇぞ』

 物怖じしないクラウディアが動揺するミエコに発破を掛ける。

 力強い歩みと言葉――。

 がさつな武人ではない。ちゃんと人を見ているのだ。

『えぇ……。霊的自動迎撃兵器(アラハバキ)の中心は、正面の中央研究室よ』

 私の正面でデービッド、クラウディアが無言で視線を交える。

 ここにいる骸達は()()()()()()()()

 殺した奴が――、この先にいる可能性が高い。


 廊下の左右には小さな研究室がいくつか散見されるが、精査はしていられない。目的は真正面の正面研究室。

 入口にも似た鋼鉄製の扉であるが、荘重の欠片もない無機質な白色に塗られている。

 扉は僅かに開き――、中からチラチラと瞬く白い光と、ぼんやりとした青白い光が廊下に向かって伸びている。バチバチと電気の弾ける音が厭に耳障りである。

 ――誰かいる。

 戦闘に備え、銃を左に組み直して雑嚢(リュック)を壁際に立て掛けた。皆も同じように雑嚢を手放し、銃口が改めて扉に向かう。

 デービッドが英国製騎兵銃(コマンドカービン)を構えながら、ゆっくりと両扉を大きく開け放った。


 ――塊。

 目に飛び込んで来たのは巨大な金属の塊。

 視線を奪う真正面。

 高さにして4(メートル)はあろうか、見上げるほど大きい金属製の(はこ)。大小様々な電線が接続されている、雁字搦めの筐体。

『これがアラハバキの心臓部。巨大な言霊石エンタングルメントストーンよ……』

 見た目にも麗しい、蒼とコバルトブルーの色相(グラデーション)に彩られた岩塊。

 鼓動は今も衰えない。

 蒼く輝く明滅は生きているかのようである。

 優に80(センチ)を越える巨体がガラス管――、割れ、砕け、無残な姿をさらす筒に収納されていた。


 ……気味が悪い。

 この巨大な心臓に接続された物々しい数の電気ケーブル、表示器、スイッチ、受像機が、グロテスクに床や壁面を這っている。

 たかだか奥行き10(メートル)程度の円形の研究室は、無機質な人工造形物に囲まれている。

 だが、目を引くのはそれだけではなかった。

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