10-4 mayhem(ウリエル)――旧函館要塞
「お待ちしておりました――」
3時間程度の飛行を終え、我々を出迎えたのは分厚いコートに身を包んだ米兵達だった。彼らの脇にはジープが3台。我々用に用意されたものらしい。
この赤川飛行場跡は――飛行場ですらない野放図の荒れ地である。いくら一番近いからとはいえ、事実上の野原に着陸したと思えば随分と荒々しいものだ。
「『出迎えご苦労。状況に変化はないか』」
「はッ――。異常ありません」
『全員、ジープに分乗。ウラベ、刀を落とすなよ』
背中から頭一つ飛び出ている髭切は余程目立つらしい。
『だ、大丈夫ですよ』
『重かったら私が持つわよ。伝説の名刀なんて、持ってるだけでロマンチックじゃない』
『ロマンチック、ですか』
『あら? そういうのには感動しないタイプ?』
『え、えぇ、まぁ――』
『勿体ねぇなぁ、だったらアタシにくれよ』
『……断ります』
『ヘッ、しゃあねぇな』
ミエコの軽口にクラウディアのお巫山戯が上乗せされる。
まるでピクニックだ。彼女達に悪意はないとはいえ、これから怪異を調査するとはとても思えない。
この『髭切』には千年の想いが込められている――。
ふと、脳裏をヒノエの紅潮した顔が過った。
そうだ。これで怪異も悪意も何もかもを刻むのだ。私は気を奮わせて、ジープに乗り込んだ。
函館山の麓まで――。
即応するために荒れ地に降りたくらいだ。
観光する暇など無い。
空襲から復興しつつある街並みも、静かな外国人墓地も壮麗な教会も何も見ない。遥かに見える件の函館山は、静かに市街を見下ろしている。
白く輝く積雪が山を覆い、黒々とした木々が林立し、冬山独特の色相を成している。幸い天候は安定しており、雲はあれども晴れ間の光が街を照らしている。2日前の夜――この山全体を、怪異の光が照らし出したのだ。
登山道の入口には、米兵が小銃を肩に掛け、辺りに睨みを利かせていた。隊長と2、3言葉を交わしただけで、我々はすんなり通される。相変わらず、私の髭切は奇異な表情で見つめられたが――。
「『これから山登りだ。といっても1時間もかかるまい。千畳敷の手前が目的地だが、ミエコさん、案内を頼めるか?』」
『勿論。以前来たこともあるので』
銀幕女優の財閥令嬢が、銃器を背負い旧研究所を目指す――。
映画にしても突飛なキャスティングである。
それでも当人に気負うところはないらしく、飄々と足取り軽く冬の函館山に足を踏み入れていった。
山登り――と行っても、海抜300米程度の小さな山である。
除雪などは全くないが、元々片道1時間も掛からない。見渡せば氷面も少なく滑ることもない。なんなら歩きやすい感すらある。
銃器を負い革で吊るし、ベルトや背嚢に弾薬、水、万が一のCレーションが入っている。
決して重くはないが身軽なハイキングとは言えない。
吐く息白く、風寒く――。
一歩一歩進んでいくと『雪の進軍、氷を踏んで』とメロディーと歌詞が脳裏に流れ、危うく口から零れそうになった時であった。
「『……これを見て』」
先頭を行くミエコが開けた場所でしゃがみ込んだ。ミエコの背中越しに覗き込むと、そこには雪に刻まれたいくつかの足跡。
固く凍った足跡と、それを上から踏み固めた足跡――どちらも無骨なブーツの足跡が――、はっきりと〝道〟を形成していた。
『これだけから推理するのは難しいけど、残ってる足跡が全部米国製ブーツだけというのが釈然としないわね』
『――あぁ、そういうことか』
速やかにマイクがしたり顔で髭をなぞった。
『調査隊やG2の連中が米国製なのは分かる。だが怪異が発生した時の足跡もブーツなんてのはおかしいよな?』
『普通の履き物なら日本人や民間人だろう。だがこれはブーツだ。闇物資でもなければ軍人しか履いていない』
『バーナードの言うとおりですね。函館山は既に民間開放されている場所ですから、他の足跡があっても良いはずです』
『じゃあ、怪異の発生時に登っていたのは米兵、ですか?』
私の問いに、しゃがみ込んでいたミエコが立ち上がり首を振った。
『あくまで推論よ。ここ数日は暖かくもなく足跡は残りやすいけれど、米軍のブーツを履いて登れば誰でも同じようになるけどね』
結局、この足跡だけでは最初の探訪者は分からない。
『推理はそこまでだ、先を急ごう』
隊長の急かしを受け、我々は歩みを進めた。
一歩一歩が俄に重く感じる。
足跡、米軍、最初の探訪者――謎が足取りを強張らせていた。
黙々と歩き続け、腕時計をちらりと見ると30分程度が経過していた。
『あそこよ』
ようやく目標の場所が見えてきた。
打ち捨てられた旧軍砲台陣地、千畳敷砲台。その少し手前でミエコが『ここに違いないわ』と呟いた。
見ると――、歩道から砲台に登っていく細い山道の途中に、一部が谷のように窪んでいる場所があった。進行方向に対し垂直に、左右に広がる壕のような窪みである。
そこに幾つもの足跡と、無骨なコンクリートブロック、そして一見地面にしか見えない焦げ茶色鋼鉄製の扉が見えた。
『敗戦と同時に、入口は土で隠してたはずだけど……、誰かさんとG2の連中は探り当てていたのね』
探訪者は3グループ。
謎のベールに包まれた最初の探訪者。
異常を調査に来た第十一空挺師団と函館在中の防諜隊部隊。
そしてG2特務機関。
この扉に辿り着いたのは報告を聞く限り、最初の探訪者とG2だけだろう。山全体の異常に対処した第十一空挺師団は、ピンポイントで此処を発見できなかったのだろう。
『こんな場所、分かってなかったら来ないよな普通』
マイクが頭を掻きながら視線を落とす。
『あぁ――中に何があるか分かってたから、来たんだろうな』
クラウディアが奮起するようにグローブを引き締めながら唸る。機関銃、擲弾銃、英国製騎兵銃、狙撃銃の銃口が、ゆっくりと前に向けられる。
先頭を行くミエコが剥き出しになった扉に手を掛けた。鋼鉄製の扉には重厚そうな鍵穴があり、本来ならばそれが何人も立ち入らせない絶対障壁になっていたのだろう。
――だが、重厚な扉に鍵はかかっていない。
彼女が引っ張ったら、ギギギと音を立てながらも開いたのである。
『中に人が入った証拠ね』
ミエコが憎々しげに口角を下げた。




