10-3 mayhem(ウリエル)――旧函館要塞
『あぁ――、ごめんなさい。そもそも初対面の人もいるのに、私ったら自己紹介をしてなかったわ』
ミエコがマネキンのように透明な表情のまま、マイクに向かって顔を向け、己の非を詫びた。サングラスの下の双眸は何を見ているのだろうか?
『私は神宮司ミエコ。「ラセツ」東京支部に所属しているわ。表の職業は女優。まだまだ新人のひよっこだけどね。今回問題になるのは私の父――、神宮司敬一郎のことよ』
隣の私にしか聞こえない程度の溜め息が、囁くように耳に染みる。
『堂々と言えたものじゃないけど……、父は「神宮司財閥」の会長を務めてるわ。今回の財閥解体にもかからない小さな財閥だけど――、戦時中に「ラセツ」と軍部に協力する形で「霊能科学研究所」を創設して軍部に資金援助を行っていたの』
淡々とした説明とは裏腹に強烈に度肝が抜かれた。
私だけではない。皆の目が大きく開かれ、この華奢な新人女優に視線が集まる。
ただ、反対側の座席のデービッドと隊長は、マンジリともせず彼女を見つめていた。
きっと二人は事前に知っていたのだろう。
銀幕女優とは知っていたが、……財閥の箱入り娘とは。
『ミエコ! お前、銀幕女優な上にお嬢さまだったのかよ!』
『……そんなんじゃないわ。世のお嬢さまは拳銃ぶっ放したり、手榴弾投げたりしないでしょう?』
「『ハーハッハッハ! 違いねぇ!』」
クラウディアの快哉が、エンジンの轟音すら掻き消すようである。ゲラゲラ笑う彼女を尻目に、隊長とデービッド以外は視線をお互いに配りあっている。
動じないデービッド。違和感から彼に視線を送ると、僅かに首を傾げながらミエコに尋ねた。
『確か「神宮司財閥」は、地方財閥としてはそこそこの地位で、戦時中から既に勢いを失いつつあるものだったと記憶していますが』
『……そうね。「神宮司財閥」は明治中期に勃興した財閥で、関東一円に軽工業を中心とした事業体を形成しているわ。戦時中には軍部に協力を強いられたし、一部を重工業へ転換もしたわ。ただ、有力な金融機関がなかったのと、事業全体が斜陽化しつつあるから、GHQからはお目溢しをもらってる感じね。――流石によく知ってるじゃなぁい、デービッド』
『まぁ、昔からの付き合いですからネ』
昔から――?
以前どこかで知り合っているのだろうか?
詳細を尋ねようとしたところ、隊長の大きめの咳払いが機内に響いた。次の話をしろ、ということだろう。
ミエコは可愛らしく肩を竦めると、顔を誰もいない真正面に向けた。
『さて、私の身の上話はこれまで。簡単に函館要塞とウチの研究所について説明するわ』
函館要塞――。
北海道南部、日本海と太平洋をつなぐ津軽海峡を望む函館。この地は戊辰戦争の激戦地であるように、歴史的に要衝であり続けた。日露戦争の折は、ロシアの脅威に対抗するために箱館山山中に砲兵陣地が築かれ、大型榴弾砲が配備されていた。
そこまでは、門外漢の私でも容易に想像が出来た。
しかし、歴史は残酷である。
この砲台、肝心の戦時には全く力を発揮出来なかったのである。
かのロシア帝国、ウラジオストック艦隊の行動を制限するに至らず……、睨みも利かせられない要塞はその存在意義を失った。
無用の長物、函館要塞。
大正の頃には対岸である青森県の『津軽要塞』に統合されてしまい、以後この要塞には旧式砲があるだけで、第二次世界大戦では戦力と見なされていなかったようだ。
『誰も気に止めない、けれど一般人の立ち入りが制限されている要塞。山の上だけど、そこは人目を避けつつ兵器の実験もできる格好の場所なのよ』
昭和12年頃――、つまり大陸で事変が拡大し始めた頃だろう。今後を見据えて新兵器の実験場が築かれたらしい。
場所は函館山山中、砲台陣地近傍の地下。
大型機器を持ち込むのは難しく相応の人工を要したらしいが、突貫工事で1年もせずに完成。それ以来数年、内部では様々な実験が行われたという。
――どんな実験だったか?
それこそが、全ての謎を繋ぐ鍵。
『研究所では霊能と兵器の接続について研究していたの。小銃や拳銃は勿論、大型砲やロケットへの接続も検討、実験が行われたわ。でも、一番注力したのは――巨大な言霊石を使った霊的自動迎撃兵器「アラハバキ」よ』
静かに、ミエコが静かに首を振る。
拒絶、後悔、侮蔑――。
そんな雰囲気を漂わせるように、艶やかに息を吐いた。
『卜部さん、戦車や航空機、軍艦に共通するパーツって何だと思う?』
『え――、ぱ、パーツ、ですか?』
突然すぎる。
怪異への対処時はすぐに身体が動くのに、頭は重い。自分でも恥ずかしいくらいにしどろもどろしている。
しかし、彼女はそもそも答えを聞いてないかのように整然と答えた。
『答えは、人よ。すべてに人が乗っているわ』
――遠い未来。
人間など意に介さない全自動兵器が登場するかもしれない。
空想科学、人類の夢、恐るべき現代科学。雑誌を賑わせるそんな話題にしか聞こえない。
だが、都市一つを消滅させる『原子爆弾』はその夢――間違いなく悪夢である。燦然と人類に恐怖をもたらす存在として、科学の延長線上に君臨している。
研究者達は人の魂を認識し追尾できれば――、と考えたらしい。
『……レーダーによる索敵の代わりか』
『そうよ。もっと言えば、噴進弾の誘導にも応用しようと考えてたようね』
『百発百中の誘導方式、ですか。米国でもそんなものは実現できませんよ』
『まぁ、ナチのロケットや誘導技術は米国の十年先を行くと言われてたが……日本も大概ってこったな』
空飛ぶ魂は航空機の早期警戒に。
海を行く魂は艦隊戦で驚愕の命中率を。魂を受像して機械で計算し、接近する連合軍に迎撃弾を撃ち込む代物。
『でも結論から言うわ。――彼らは失敗した。受像しようにも追尾しようにも、敵味方の判断ができなかったのよ。魂に人種も国籍も関係ないもの』
敵軍の人種が違えど、肌の色が違えど、皮膚を切れば滴る血の色は赤。
至極当たり前である。
子どもでも分かる。
その当たり前が、研究を大きく空振りに終わらせた。
『終戦直前に施設を放棄――する予定だったけど、結局ゴタゴタで廃棄に失敗。上部の砲台や施設は米軍が破壊したようだけど、幸い出入り口は1カ所しかないし、うまく偽装したのね。一般公開されて衆目に晒されても気づかれていないし、破壊を免れていたわ。でも――』
函館の夜を照らした青白いリング・
貫く白刃の電光。
この施設の異常が表出したことに他ならない。
『どこのどいつか分からないけれど、人のものを勝手に使ったり、奪おうとするのは許さないわ』




