9-4 Fate(滝夜叉姫)――京都
『……伊沢! 何故、そやつらと共におる!』
烈火の如く、脳内に滝夜叉姫の怒号が響く。
伊沢を先頭に左右をデービッドとマイクが固めている。徒手空拳であっても、その立ち振る舞いに怯える気配は一切ない。伊沢に至っては、いつもの俳優気取りである。
「『これ以上、敵対しても意味がありませんよ、姫。それに卜部君も姫様を敵と見ている以上、この終わりにはお互いの死しか待ち受けておりませぬ』」
『儂が負けると思うてか!』
「『そうは申しませんが、卜部君の異能は姫が今受けた通りではございませんか。彼は力では従いませぬ。流されるようでいて芯は強い男です。だからこそ――姫様も説得なさったのでしょう?』」
『……』
緊張の糸が張ち切れんばかりに張り巡らされた大広間。
よくもまぁ、この男は冷静に朗々と言葉を紡げるものだ。
それからも猛る滝夜叉姫を鎮めるように、伊沢は言葉を紡ぎ続ける。その間、私は静かに後ろのデービッド達を見遣った。
『遅れて申し訳ありません。大丈夫ですか、ウラベ?』
『大丈夫、です。だけどどうやってここまで?』
『イサワの案内もあるけどよ、――ホレ、俺の「隠密」だよ』
――隊長に説明は受けていた。
英軍コマンドの生き残りというのも、然もありなん。彼の異能『隠密』は余りに強力だ。直近2米程度の半径内にいる物体を、人や怪異に認識出来なくしてしまう。
背後に迂回も苦にならない。
堂々と正面から敵陣地に入っていることすら可能にする異能故、流れ弾以外で彼が死ぬことはない。怪異調査と統制をチームではなく単独でこなす事も多い、恐ろしい男でもある。
『廊下は警戒している骸骨だらけだったぜ』
決して邪魔者は入れず、逃がすつもりもなかったのだろう。
滝夜叉姫の執念の深さに改めて背筋が寒くなる。伊沢の説得も調子よく、般若の面が静かに俯いている。
「『……姫、彼らの言い分も聞いてあげてください。彼ら自身から言質を取り、真意を質せれば、無用な衝突もなく以前の関係に戻ることが出来るはずです』」
先に潰えてしまった目的。
『神聖同盟』と『ラセツ』の協力関係の締結。
いつの間にか有耶無耶になっていたが、伊沢は最初からそのつもりだったのかも知れない。その言葉に滝夜叉姫は俄に面を上げた。その瞳で、デービッドを射貫く。
『なれば、そこもとの異国人よ。確か名をデービッドと申したか。お主達はこの卜部をどうするつもりか申してみよ』
「『……私達は、ウラベさんを決して武器や兵器として扱いません』」
伊沢が僅かに退き、デービッドが前に歩みを進める。その顔には自信と決意が漲り、声色も毅然としている。
『ふん――。口先だけならなんとでも言えるわ。武器として扱わないなら、何故闘いに加わって欲しいと頼んだ?』
デービッドがチラリと私を見遣った。そして、微かに唇を噛みしめ、昂然と語り出す。
「『ウラベさん自身に、自らの運命を切り開いていただきたいからです。我々は欧州戦線――、いえ、世界中で怪異に苦しむ人を見てきました。彼らを保護するのも良いでしょう。ですが、姿の見えぬ怪異に立ち向かうには人材が圧倒的に足りません。怪異の脅威に立ち向かい、克服する意思と能力があるならば――、世のため人のためにその力を役立てることことそが、ウラベさんのためになるからです』」
整然と淀みなく真意を伝える。
いつもの穏やかさは消え、そこに立つ勇姿は雄々しく頼もしく。デービッドに感心していると、滝夜叉姫が憎々しげに口を挟んだ。
『なれば、戦時中の行いは何と申し開く。怪異への対処に長けたお主達が、霊会組織間では禁じられた呪殺の祈り、そればかりか怪異と契約し戦場に投入し、我らを苦しめていたのは決して忘れぬぞ!』
殴られた側はいつまでも痛みを忘れられない。
恨み骨髄に物申す。
だが、デービッドは臆することなく毅然と答える。
「『確かに――、『神聖同盟本部』の一部では、そのような動きに呼応した事があったのは知っています。しかし、隊長の調査により怪異との契約、呪殺の祈りをしていたのは、米国統合参謀本部のOSSの一部だという事が分かっています。また、占領軍のG2の一部が引き継ぎ、この日本で怪異や過去の遺産を利用しようとしていることも分かっています』」
――全く知らないことばかりである。
滝夜叉姫の言うとおり、デービッド達は私に『隠し事』をしていた。
だがそれは、私を監視するためではなく、真っ当に本国との調整と調査の由であったのだろう。私に心労や大きな流れに巻き込まないための、隊長の思い遣りだったのかもしれない。
『ふん――、あくまでシラを切るつもりか! 誰がその言葉を信じる? お主らも連合国傘下の組織ではないか。別の組織がやったと言って、それで終わりのつもりか!』
滝夜叉姫が片足立ちに迫る。
もし私が同じ目に遭い、関係者に問い詰めたら違う部署がやっていた――と回答されたら、烈火の如く起こるかも知れない。その気持ちはよく分かる。
「『言葉が通じるのに理解し合えないのは、相手を多かれ少なかれ、憎んでいるからです』」
デービッドはそれでも動じない。
「『確かに、本国と同盟本部の動きは「ラセツ」の皆さん、そして日本人に本来受けるべきでない苦しみを与えました。当人達に代わり、ここに謝罪致します。彼らや私達のことを憎むなとは言いません。――この戦争はお互いに殺しすぎました。それでも理解しなければ、また殺し合うことになります。その努力を怠り、再度お互いに殺し合うならば、人間はただの餓鬼畜生に劣る生き物ということになりますが――、それで宜しいですか?』」
――僅かな沈黙。
而して僅かな溜め息と共に、般若が首を振った。
『よく舌の回る小僧だよ、全く。……分かった。儂の負けじゃ』
ついに、滝夜叉姫が折れた。




