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9-3 Fate(滝夜叉姫)――京都

挿絵(By みてみん)


 ()()――。

 滝夜叉姫は確かにそう言った。

 闇夜でも明瞭に眼に刻まれた異形。赤黒い目玉の化け物。

 地面を這いずり回り、艶めかしく蠢く純然たる怪異。あの化け物の、名前?


『星辰の瞬き、移ろい、転じて地に厄を成す強力な()()()()よ』

 滝夜叉姫の嗤う様は見えねど、嬉々としているのは声色から分かる。私に()()を見せて楽しんでいるのだ。

『顕現に周期はあれど何処(いずこ)か分からぬ。見たものは一族郎党死に絶える程、強い呪殺の力を有しておる。――お主の部隊、あぁ、第3師団、歩兵連隊所属の同じ中隊は皆死んでしまったなぁ、()()()()()()()

『や、やめろ――、やめてくれ!』

『敵兵の死体を埋めるために、お主が太歳を見てしまったが故じゃ。()()()()()()()()()()()()()()()()

『あぁぁぁ、やめて、くれ――!』

 視界いっぱいに広がる、――死。

 硝煙が鼻を塞ぎ、砲煙と砂塵が眼を潰す。

 圧倒的砲火の中に消された中隊。

 廃墟となった東京に、焼け焦げた家族の遺体。

 転じれば死屍累々の麦畑。敵も味方も民間人も、すべてが狂気と殺戮、銃火と砲火の中に墜ちる。


 いや、堕としたのは――私?

 嘆きは自縛、全てはあの夜に奴を見たため。

 私が見てしまったせいで、愛する家族も戦友達も死んだ?

 私が、――殺した?

 

『……悔やんでも詮無きことよ。見てしまった事に是非は無し。儂はお主を責めはせぬ。されどきゃつら――「神聖同盟」はどうか。太歳の事を言いもせず、その力を顕現させ、利用してきたではないか』


 ――私は、騙されている?


 "どうせ貴様も……、利用されるだけ……。精々騙されるんだな"

 脳裏にこびり付くフォカロルの憎々しげな顔。

『その眼、魔の東西を問わず生きとし生けるものを(ことごとく)く破却する、げに恐ろしき力よ。天使や悪魔の一人や二人、我らでもどうにでもなるが、かのマガツ神の力は我らとて手に負えぬ。それをきゃつらは手に入れようとしておるのだ』


 道具、武器、兵器として私を見る。しかし、それは、()()()()()()()()()()()()――?


『お主を確保し、その力を育て、次に来たるは――唐の国(中国)に眠っておる本体を狙っておるのだろう。――きゃつらのことだ、内戦のゴタゴタに紛れて()()を付けているかもしれん』

 大陸は今も国民党と共産党の内戦により、戦禍の坩堝に落とされている。民草は常に苦しみ、簡単に命が消えていく。

 消す側にあった罪と罰。

 皇国の残影は目に焼き付いた太歳の目玉と結合し、私を苦しめる。

『奴らに連れられ操られ、()()()()()()()――、邪眼どころではない。その力、使い方によっては原子の火(原子爆弾)よりも遥かに危険やも知れぬ』

 ()()()も、()()()も同じならば。

 私の眼は人を殺し怪異を殺し、あらゆるものを死滅させる最も忌むべき力。天使も悪魔も、いや――、()()()()殺してしまうかも知れない。



 そうだ――、()()ッ!

 この眼こそが全ての元凶。

 この眼を使うと、ありとあらゆる人が苦しむ。この気持ち悪い力があるから、皆、私を利用しようとする。

 スティグラー博士は、何と言っていたか?

 邪眼だろうと神聖化だろうと、気味の悪い力には変わりない。要は使い方だと彼は言った。邪の力も人を救えると。

 "――信じるな、何も"

 タケミナカタの言葉がすぐに続く。

 神聖だろうと邪だろうと、この力を巡り甘言が弄される。それぞれの思惑が丁々発止に飛び交い、私を揺さぶる。

 この力、()()()()()()()()()()()()()。その責任と(さだめ)は――、罪と罰の狭間に堕とされた私が受ければ良い。

 その上で人を、身近な人を守れれば、それでいい。

 暗い瞼にヒノエの顔が朧気に浮かんだ。


 "刮目して見よッ!"

 刹那、私の瞼がパッと開いた。

 押さえつけていた力がなくなり、割れんばかりに瞼を見開いた。床を這いながらも首だけ雄々しく上げ、正面上段の間を見遣る。

 再び見える般若、滝夜叉姫――。

 両手を天に翳しているその姿。異常に気づいたのか、般若の眼がぎょろりと私を睨み、バチリと視線が交錯する。

 お前が恐れた太歳の目玉を――死を呼ぶこの(まなこ)を見よ!


『ぬぅ……ぐッ……!』

 俄に滝夜叉姫から呻き声が漏れた。両手は降ろされ、首元や胸を押さえながら苦悶に身体が捩れている。その様は、まさしく馬腹やフォカロルのように。

 だが、――違う。

 滝夜叉姫は見た目に苦しみながらも、右手を私に向かって翳した。

『……流石にやるではないか、卜部。だが儂に楯突くのなら――』

 再び、呪文が溢れ出る。

 数瞬の詠唱の後、柱の陰から、である。

 1体の骸骨がぬるりと()()()()()()

 茶色く変色した骨は、古物の如き暦年の風格が漂う。整然と形作られた骨格は足取り重く、床に這いつくばっている私に向かって歩いてくる。

 今度は髑髏の妖怪が私の相手か。

 ここまで来たなら共に墜ちるまで――。



「もうおやめください! 瀧夜叉姫様――!」

 突然、甲高い叫び声が耳を劈いた。

 悲痛、愁嘆、哀絶の限りにヒノエが叫んだ。

「これ以上、卜部さんを苦しめないでください。お願いでございます……!」

 視界の外でも分かる。床に倒れ込むように平身低頭している。涙声を震わせ、ヒノエは咽び叫ぶ。

(ほだ)されたかヒノエ! こやつは、()()()()()()も、己の力のなんたるかも知らぬまま――この国を荒らし、我ら、いや! お主すら殺してしまうかも知れないのだぞ!』

「構いませんッ――! 私は、この人の()()()()()のです!」


 また、私の知らぬ言葉が飛び交う。

 ――千年前の因縁?

 ――私がヒノエを殺す?

 ――私の心が見える?

 理解出来ない言葉の羅列に、ふと、眼力が自然に抜けた。

 いつもの眼に戻ったのだろう。

 邪眼の力が消え、髑髏も俄に歩みを止めたその時――。


「もう、その辺りでお止めいただきますよう、お願いしマス」

 聞き慣れた声が大広間に響き渡る。

 やや物憂げな男の声、片言のイントネーション。念話では綺麗なのに、喋ると駄目な愛嬌漂わせる日本語。

 右横の障子が大きく開き、デービッドと伊沢、マイクが3人揃って大広間に足を踏み入れた。

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