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9-5 Fate(滝夜叉姫)――京都

挿絵(By みてみん)


 般若の表情(かお)が僅かに緩んだようにも見えた。面という物質なのだから絶対そういう訳はないのだが――。

『ここに改めて「神聖同盟」の協約を交わさせて貰う。――やられたことは忘れぬし、お主らの本国、本部の意向がどうあれ、我らは決して隷属せぬ。だが協力はしよう。戦前の決まりに復帰する』


 滝夜叉姫が朗々と語る、国際的取り決め。

 デービッドに説明された『神聖同盟』は、――元来、一つの組織ではない。

 名が現す通り、人を脅かす怪異に対処するという()()な目的のための霊会組織の()()。英国に本部はあれど、それは国際協約に基づく緩やかな宗教・軍事連合体である。明治維新以降『ラセツ』も同盟に参加していたが、あの大戦争が全てを断絶させたのだ。

「『書を(したた)め交わすのは後日とする。お主らも東京へ帰るが良い。……儂は少し疲れた。伊沢、後は任せるぞ』」

「『――御意』」

 滝夜叉姫は徐に立ち上がると、後腐れ無い足取りで屏風の裏に歩を進めた。先程までの殺し合いがまるで嘘のように、颯爽としている。

 しかし、滝夜叉姫が屏風裏に差し掛かる所でピタリと立ち止まった。

 それからすぐ、ガチャガチャと金属音が響く。何かの装具を弄っているのか――?

 数秒もせずに再び屏風裏から姿を現すと、滝夜叉姫の右手には、刀が一振り握られていた。

『――卜部。この刀を持って行くがよい』

 そう言うと、横に立たせていた骸骨に持たせ、私の所まで運んできた。


 それは――見事な古刀。

 美しく反る太刀。

 柄は白い柄巻が美しく、鮫皮が巻かれている。鍔、縁、鞘の装丁もみなしっかりと作り込まれ、やや煤けた黒色の装いである。煌びやかというより、努めて実戦的な風体であった。

『源頼光より奪いし「()()」――。大宅中将光圀とお主の先祖、頼光四天王の一人、卜部季武(うらべすえたけ)により奪い返され、儂はその折に一度()()()()。しかし後年、幽体となった儂の下に年老いた卜部が現れ「()()」頭領となり国を守ること、そしてこの「髭切」を託したのじゃ』

「『え――?』」

 ――お主が持て。

 疑問を口にする前に、髑髏が眼前に刀を突き出す。

 見た目に違わず、厳かに重く経る年月を感じさせる佇まいである。

 立ち膝のまま、恐る恐る骸骨から刀を受領し両手でしっかりと掴んだ。心なしか、持つだけで何か身体の奥底から力が湧いてくるようである。

 源頼光にはお供として『四天王』がいたのは知っている。(まさかり)担いだ金太郎こと坂田公時(さかたのきんとき)が一番有名だろうが、四天王の一人が――卜部季武。

 この聞き覚えのない一字違いの侍が先祖?

 私の疑念を察したように、滝夜叉姫が面を上げて天を仰いだ。


『本来ならば――、時を重ね薄れゆく泡沫(うたかた)の因縁よ。恐らく、お主の父も母も知らぬこと。だが、お主は太歳に触れ、異能の因縁は再び息を吹き返し、取り殺されることなく今を生きておる。其れを奇跡と呼ぶか運命と呼ぶかは儂にも分からぬ』

「『……』」

『じゃが、千年前のあやつが申しておった。「人の定めは儚く(きずな)は憎し縄目(なわめ)なり。されど生をつなぐは人の定め。愚かなりとも心を見遣れと」とな。まったく、お主に似て憎い奴じゃった』

 追憶にも郷愁にも似た口調。

 般若の瞳に映るのは、千年前の私であろうか。

「『あやつに託されて以来、()()()()で時を重ねておる』」

 そろりと、滝夜叉姫が袖を捲る。

 その皮膚は異様に浅黒く――血の通っていない、木仏のような色合いである。人の皮膚のようではあるが、生気は感じられない。

「『滝夜叉姫は幽体のまま魂の抜け殻――亡者の身体に()()しておられます。千年の時を――、卜部氏に託された時からずっと羅刹を守ってこられたのです』」

 泣き腫らした目元に、震える艶やかな声。

 隣を見れば、憑き物の落ちたような楚々とした表情(かお)の、ヒノエがこちらを見つめていた。


「『ヒノエさん――』」

「『卜部さん。私……』」

 潤んだ瞳に何を見通せば良いのだろう?

 言葉が紡ぎ出せない。

 過去の因縁か、粗暴な振る舞いか、果たされぬ想いか。

 いや、私の心は読まれているのか。

 私の力は、目の前の彼女を殺してしまうのか。

 ――聞きたいことは山ほどある。

 だが、言葉を失う中、私はヒノエの瞳を見つめることしか出来なかった。見かねてか、滝夜叉姫が溜め息一つに言葉を紡いだ。

『ヒノエはな、卜部が妖怪姑獲鳥(うぶめ)より奪いし子の子孫じゃ。代々異能を継ぎ、人の心、邪なる者の気、怪異の居場所をも見通す聡明な女子(おなご)じゃ。お主の力が誤ってしまわぬよう、目付をさせておった。――辛い役回りをさせてしもうたな、許せ、ヒノエ』

「『そんな――、滅相も御座居ません! 私は――』」

『よい、喋るな。分かっておる』

 どうやらこの地(大江山)は、この姫(滝夜叉姫)は、ヒノエ(姑獲鳥の子)は――、全て私の先祖から続く因縁の旅路にあったらしい。


 ――知らぬ存ぜぬは私だけ。

 知らなすぎる自分に嫌気が走るほどに恥ずかしい。

 いやさ、恥ずかしさを通り越し、悲しみの中に鼻白むばかりだ。

 力の使い方を誤れば――、私は彼女を。


『卜部よ――』

 私よりも私を知っているかのように機微を捉えてくる。

『昔の卜部が申しておった通りじゃ。心を見遣り、その「髭切」で絆も運命も切り刻んでしまえ。お主が守りたい者がおれば、その心の赴くままにせい。……じゃが、その眼で決して見誤るな。お主の異能はそれほどに強い。大切な者を傷つけるならば――儂が命を奪う』

 守りたい者。

 大切な者。

 ――それは、今、私のために涙を流してくれる人。

 傷つけてなるものか。

 滝夜叉姫の脅しは優しい警句。その思い遣りは、先頃までの言葉の乱射に比べてストンと腑に落ちた。この人も守りたいものがあるのだ。

『承知しました』

 恐怖も脅威もなく、すっきりとした気持ちで滝夜叉姫を見つめ返した。恐ろしい形相の般若の眼も、今では優しく見える。

『ふむ、これで千年の借りは返したぞ。後は好きに戦い好きに死ぬが良い。そうじゃ――、死んだら()()()()()()()()()()()()()()。死に時に成ったら知らせい』

「『ご、……御免被る』」


 ――般若が大いに笑った。

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