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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
最終章 未来に希望はあるか
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エピローグ2 Till we meet again(また会う日まで)――神田

挿絵(By みてみん)




「――おはよう、卜部(うらべ)さん」

 ロバート達が羽田で別れを済ませている頃。そう分かっていても、彼女はここから離れることを選ばなかった。

 ラセツが隠れ拠点に使っている神田のあるビルヂング。日の光が燦々と降り注ぐ病室で、白い病衣を纏い真白きベッドに横になっているウラベの傍らに、ヒノエは静かに腰を掛けた。千早を脱いだ黒き巫女は、優しくウラベの手を触った。

 チラリと視線を部屋に流したヒノエは、小さく溜息をついた。

 かつて大天使(ウリエル)を滅ぼした妖刀(髭切)は主人の帰りを待ちながら寂しげに棚に立て掛けられ、(えぐ)ったはずの身体は浅黒く変色しながらも――()()()()()()()()()()

「貴方は――、死んでなんかない。口寄せも千里眼も、貴方が死んだことを表してないわ」

 霊安室ではない。

 彼は――、死んでいない。

 そう主張して病室にして貰った事を後悔はしていない。彼の身体は遺体じゃないのだから、と腕をさすりながらヒノエは自分に言い聞かせた。冷たくなっても、自分を包んでくれた優しい手には変わりないのだ。

「今頃、みんな飛行機に乗ってるわ。貴方は送り迎えに出かけられないけど、皆、きっと貴方を思ってるわ」

 返事はない。

 もう()()()()()()()()()()()()

 それでも――、今日は言わなきゃいけない。

「……あのね。私、……貴方には言ってなかったことがあるの」

 膝上の両手をぎゅっと握り、唇を強張らせる。

「私ね…………、()()()()()()()

 物言わぬ彼と分かっていても、心の奥底から伝えなきゃいけない。そう自戒しながらヒノエは言葉を(つむ)いだ。

「心が読めるのって、全然嬉しくない。少し念じるだけで、相手の考えていることが透けて見えちゃうから。……初めて会った時から、私、貴方の心を読んでいたの。だから……貴方が、私を……その……好いてたこと、も……」

 頭では分かっていること、()うの昔にお互いが承知していることでも、契りを交わした仲だとしても――言葉に出すのは勇気が要る。ヒノエは深呼吸を挟みながら、自分を奮い立たせて意を決した。

「でも、だから……、()()()()()()()()()()()()()()

 俄に熱くなった目頭を押さえることなく、ヒノエは声を絞る。

「怪異が舞台装置ということ、そしてナイアラルトテップのことも――、()()()()()()()()()()()()()()

 人類に秘められた奇蹟(創造主の落ち度)

 その真理を思いがけない所で知ってしまった。罪悪感が一層にこみ上げ、ヒノエの胸を苦しめる。

「貴方は……、その眼を持ってしまったから、……みんな貴方を利用した。貴方の幸せなんてこれっぽっちも考えずに。みんな貴方に過度な期待をした。あの大天使(サリエル)も、あの堕天使(ルシフェル)も、神聖同盟も、ラセツも。……きっと、私もね……」

 美辞麗句。

 或いは心の底からの()()()だとしても――、卜部の幸せは埒外に置かれていたのは否めない。そう思えば思うほど、ヒノエの頭は重くなった。

「卜部さん、……ごめんなさい」

 つ――と伝う涙は、瞬く間に止め処なく(ぼう)()の涙となり溢れ出す。止める必要なんてない、ここには二人しかいないのだから。

「知っていて……、知っていて、知らないフリをしたの。……貴方が辛い役目を負わされて、利用されて! ()()()()()()()()()()()()! ドス黒いあいつ(ナイアラルトテツプ)が貴方を狙っていると分かっていたのに――、貴方を守れなかったの!!」

 ヒノエは腹の底から悲鳴のような声を上げ、流れる涙を覆い隠すように卜部の身体に抱きついた。

 いや、(すが)った。

 謝罪も後悔も全てを乗せて、物言わぬ冷たくなった卜部にしがみ付いた。

「ごめんなさい! ごめんなさいッ……! 私、……貴方を救えなかったのッ!! ……貴方が、……貴方が最後に、ありがとう、って……。そんな事言われる資格なんて、私には無いのよ……!」

 引き絞る指で波立つシーツに涙が滲む。

 乙女の謝罪と後悔は、虚しく病室に木霊するばかりだ。

「貴方の悩みも、敵の存在も知っていて、知らないフリをして……、肝心の時に貴方を助けられなかった。そんな私を……許して……」

 何度も繰り返す謝罪の言葉が勢いを無くす頃、頭を上げたヒノエは卜部の顔を静々と見つめた。

 ――何も変わってない。

 ただ、静かにしているだけ。

 ()()()()()()()()。強く強く思いながら、微動だにしない卜部の(かんばせ)に、かつての笑顔と優しい瞳を思い出しながら、ヒノエは静かに口づけした。

 冷たい。

 でも、あたたかい。

 ――そうだ。

 ()()()()()()()()()()

 ヒノエは涙を拭き身体を起こした。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、決意を、けじめを、願いを――、ヒノエは卜部の冷たい手をもう一度だけ擦り、音もなく立ち上がった。

「卜部さん……、またいつか、って言ってくれたわよね……?」

 もう、嘆かない。

 窓の外に広がる勿忘草色の青空を見上げ、ヒノエは唇を強く噛みしめた。

「貴方を元に戻すまで諦めないわ。――何年も、何十年かかっても、絶対。……だから待ってて、卜部さん。千年の契り――、必ず果たすわ。いつかまた会う日まで……」



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