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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
最終章 未来に希望はあるか
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20-11 黒き御方――NYARLATHOTEP

挿絵(By みてみん)


「『ぜ――全員、黒い男へ発砲開始!』」

 隊長の下命が場を切り裂くように響き、刹那に全員の銃火の火蓋が切られた。

 逡巡するまでもない(とつ)()の判断。()()()()()()である強大な悪魔が目の前で倒れようとしている、その現実から(じやつ)()される事態に、隊長以下、ミエコやマイク達が即座に引き金(トリガー)を引いた。

 弾幕――、響き渡る銃声は混合している。擲弾銃ライオットガンの擲弾が弾け、機関銃グリースガンや二十六年式拳銃の弾頭が吸い込まれ、フラッシュの如くバチバチと面前を明るく彩る。

 重なる高低差のある銃声と光の嵐。

 しかし――。

『……無駄だ。其方(そなた)達の()()()()()は余には通じぬ』

 光環(クラウン)が幾ら弾けても、銃弾が確実に黒い皮膚や顔面に命中しようが――、泰然として(ごう)も動じない。降り注ぐ銃弾を者ともせず微動だにせぬその有様は、壁や地面に撃ち込んでいるような錯覚さえ覚える。

 ――信じる異能。

 神聖化も銀の銃弾も、全ては()()()()()()()()()()()()()()()()。神に神聖な攻撃が通じぬように、この強烈な異能(一人の作家)に作られた()()()()()()()()()()()()には、神に類する力は通じないというのか。

 だが――、()()()()()()と同じならば。

 間髪入れず、再びこの妖艶なモアイ像じみた(つら)を真正面から撃ち貫いてやる。渾身の憎悪を込めて鋭く睨み、穿つ。爆ぜろ、砕けろ、――と。放たれた『不可視の弾丸』を避ける術は誰にもない。寸分の狂い無く確実に黒い男の額を捉える。

 黒い男(ナイアラルトテツプ)の首から上だけが大きく後ろに反り返る。

 ――が。

 (ひたい)に残る僅かな跡。それだけだ。奴の首が、白い眼が、冷然と輝きながら私を睨み返す。真っ白な瞳に映るのはきっと驚いた私の顔だろう。黒い男(ナイアラルトテツプ)は静かに口の端を歪ませる。

『クク、其方の邪眼ほど(よこしま)な力はない。あの大天使(サリエル)とも異なる、人の子にしか放り出せぬ異能よ。だが――』

 ()()()()

 ヒノエを助けた時も、込めた思い(呪い殺す)の強さはダゴンを撃ち貫いた時より強い。にも拘わらず、確実に四十(ミリ)機関砲を越える貫徹力を有しているに拘わらず――、穴を穿(うが)つことすら出来ない。それほどに強大で堅固な化け物(作られた怪異)

「『クソがッ――!』」

 クラウディアが激しく舌打ちし、悔しそうに()(だん)()を踏んだ。神聖化弾頭も、物理的な邪眼すら奴に通じないのだ。ヒノエの(しやく)(じよう)も、クラウディアの刺突剣も、きっと背中の『髭切』すら一太刀も浴びせられない。

『――そうだ、絶望せよ。其方達の力では余を止めることも、この船を沈めることも出来ぬ。この巨大な爆弾の炸裂を、神も悪魔も止めることは叶わぬ』

 ククク――、と静かな高笑いが(しやく)(さわ)る。

 神聖化済みの魚雷が命中してもこの冒涜的な奴(ナイアラルトテツプ)同様、()()()()()()()()()()()()()、だ。その事実が重苦しい空気となって私達を苛む。目の前にいる怪異を、舳先まで追い詰めながら――その実、砲撃の罠を仕掛けられただけ。

 我々は(はな)から()()()()()()()()()()()のだ。

『――さぁ、ウラベよ。その(ほの)(ぐら)(すさ)ぶ心の内を隠すこと(なか)れ。邪な願いは(さげす)まれた者だけの聖なる特権よ。其方にはその資格がある。さぁ――』

 先頭に立つ私に、黒い男がしなやかな指先で誘う。

 死の世界への誘い。馬乗りになってまで私を黄泉路へ――、いや、()()()()()()()()()()()()誘う。この不条理と不合理に満ち満ちた世界を破却し、皆が苦しみの中に悲嘆に暮れる()()()()()()

 他人を(ひが)む人間の弱さにつけ込んで。科学万能の世相を(あざ)(わら)いながら。このクソみたいな怪異は、苦しみの底にいた過去を穿(ほじく)(かえ)しながら。私を居心地の()()()()()世界へ誘う。

『ウラベさん……、ウラベさん……』

 ふと――。

 脳裏に響く愛しい人の声。

『撃って――、ウラベさん』


 ――ああ、そうだ。

 何を迷うことがあろうか。

 私は彼女と契りを交わしたのだ。

 千年の時を超えて愛し合うと。

 彼女を守ることこそが私の生きる全てだと。

 彼女を悲しませる事は出来ないし、しちゃいけないんだ。

 だから――。 


『ほぅ――』

 黒い男が意外そうな声を漏らす。

 だがその細めた眼は泰然と()()()()()()

 私の手に握られた信号拳銃(シグナルピストル)。無骨で鈍い黄金色を放つ装飾的な銃。滑るように銃口を黒い男(ナイアラルトテツプ)に向ける。微動だにしない怪異へ向けて、託された想いを指先に重ねて引き金(トリガー)を目一杯に引いた。

 ボンッ――。

 信号拳銃(シグナルピストル)の名に恥じぬ、凡そ銃弾とは思えぬほど遅々とした速度で、弾頭が僅かに山なりに滑っていく。白い煙とパチパチと跳ねる火薬の残滓が緩やかな弧を描き――、黒い男の左胸に着弾した。

 発射から着弾までの僅かな時間、私も奴も微動だにしない。奴に至っては蚊が止まった程度にしか感じていないはずだ。

『一体、何のつもりだ? こんな玩具(おもちや)の……』

 ()()ろそうと紡がれる言葉が、突然ピタリと止まった。

 着弾した弾頭は左胸のローブに引っかかったまま燃焼を続けているが、――何かおかしい。そう思った刹那、黒い男の表情が弾けるように大きく引き攣った。

『……なッ――! こ、……この火は――ッ!』

 大きく見開かれた白目と白い瞳。

 視線の先には、徐々に勢いを強める炎。炎色が、赤く、白く、橙色に、果ては紫色。ありとあらゆる色を詰め込んだ玩具箱がぶちまけられた有様である。

 代わる代わる色を変え、火は炎へ。

 全てを焼き尽くす炎へ。

『うふふ――、貴方は()()()()()()()()()ではありませんのよ。Mr,ナイアラルトテップ』

 ミリアムの意外に艶やかな声が、脳裏に響き渡った。

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