表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
最終章 未来に希望はあるか
PR
115/127

20-3 黒き御方――NYARLATHOTEP

挿絵(By みてみん)



 勢いよく飛んでいった手榴弾は的確に2匹の間に落下し、炸裂する甲高い爆裂音を皮切りに、脳髄は情報と念話の洪水に見舞われた。

『隊長! 予想外のお客さんだぜ! ベートに馬腹(マーフー)が現れたぜッ!!』

『なんだと――?!』

『ま、間違いありません! 欧州戦線、そして多摩川に現れた馬腹です!』

『救援に向かいますか?!』

『今、私達がいるのは右舷側! エススの援護位置まで下がるわ!』

『分かった。バーナード、援護射撃用意!』

『了解――!』

 口を動かすことなく念話をしながら、ミエコが後退しつつ連続的に発砲し、クラウディアは舷側に滑り込む。パンパンと可愛げのある銃声を掻き消すように、機関銃(グリースガン)の乾いた銃声が連続的に響き渡る。目一杯引き金を絞りながら、たった目配せ一つでその場にいる全員の役目を理解する。

 だが、()()()()に割いている時間は無い。

「『散れッ!』」

 ()()()()()()()()

 私の眼は既に銃弾より強力なのだ。雑魚を狩るにはこれ(機関銃)の方が良いだろうが、大物相手ならば――。

 馬腹の顔を睨み穿つ。

 瞼に焼き付いた、人間味のないその顔が、独楽のようにぐるりと渦状に歪む。刹那、聞くに堪えない獣の咆吼、いや、絶叫とともに馬腹の上半身がバンッ――と黒い水の入った水風船(馬腹)が弾けるように爆ぜ散った。

「『――ウラベ?!』」

 驚くクラウディアの声に気を向かせることもなく、ベートへ向けて第2撃。

 避ける暇など与えない。そもそも見られたら避けようがない。百発百中、射程も長い不可視の砲弾――それが私の()()()()()()()()()なのだ。

 馬腹の絶叫にも似た、遠吠えにも似た悲鳴を上げてベートの頭蓋が吹き飛び、灰色の体毛が花火のように中空に舞い散る。残された下半身と四足が力なく膝をつき、百五十貫(550キロ)は超えるであろう巨躯は静かに薄汚れた甲板に横たえた。

「『……卜部さん』」

 ヒノエが不安げな声を漏らした。

 ――間違ったことはしていない。ただ、僅かに己が歩んだ道程が遠くなったと胸がさざめく。それでも、自分の成すべき事をやろう。銃声が止み、静寂が訪れた。クラウディアとミエコが私に近づこうとした、その時――。

 目の前の朽ち果てた2匹の怪異。

 その身体は弾けた水が(うごめ)(うじ)のように、……いや、一つの意志を持った集合体のように、集まり、蠢き、()()()――。

「『まさか』」

 朽ちた二匹は僅か数秒も経たぬ間に、その姿形を真っ黒い影に覆われながらも復元していく。砕け散った血肉が空白を埋め、筋骨隆々に盛り上がる。

「『……こいつら、ただの怪異じゃなさそうだぜッ!』」

 クラウディアに「動揺」の言葉はない。判断を迷うことはあっても、即断即決、跳躍と攻撃こそが彼女の()()なのだ。

 今、大きな雄叫びと共に、黒くくすんだ甲板から大きく跳躍し、一気に距離を詰める。再生途中の怪異に反応する時間を与えぬよう、刺突剣(ジヤマダハル)の切っ先がキラリと輝き、佇む馬腹の首元目がけて鋭利な刃が深々と突き刺さった。

 ――浅い。

 遠目にそう見えた。彼女の技量を疑うべくもないが、刺突剣が鈍い光環(クラウン)を放ちながら怪異に命中しているにもかかわらず――、馬服の怯みは()()()ほどではない。それでも傷は深いはずなのに、悠々と首を大きく振り回している。

「『コイツ――ッ!』」

 刺突剣が刺さったまま、(えぐ)れた傷口から瘴気が爆発的に噴き出した。空気の塊を諸に受けたクラウディアの身体は、風に舞う木の葉のように易々とすっ飛ばされた。

「『ウッ――!』」

「『クラウディア!』」

 ミエコの近く、優に数(メートル)も吹き飛ばされたクラウディアにミエコが駆け寄るが、僅かな目配せだけでクラウディアは姿勢をくるりと起こした。(かる)(わざ)()のような身のこなしに安堵の念を浮かべる間もなく、斜め前に居る()()()()()()()()()()()()()、ヒノエ達に向かって駆け出した。

 ミエコが即座に二十六年式拳銃を発砲するが、あまりに僅かな距離だ。

「『させるか――!』」

 再び邪眼で2匹(それ)(ぞれ)の前腕部を凝視する。

 同じように肉がうねり、肉を抉り、黒い血肉が弾け飛ぶ。勢いを無くし前につんのめった2匹は無様に甲板に顔を擦る。――にも拘わらず、傷口は黒い原形質じみた触手が即座に埋め戻し、数秒もせずに形を成してしまう。

「『な、何なんだ! こいつは!?』」

 クラウディアは叫び、私は言葉を失う。

「『面倒ね、まったく! ――ウラベさん! ヒノエ! 私達が左舷側まで引きつけるわ。それまで支援してッ!』」

「『分かったわ!』」

「『任せてくれ』」

 ミエコとクラウディアが僅かに頷き、再び九十九式手榴弾(グレネード)を淀みない流れ作業で2匹に投擲する。炸裂炎と飛び散る黒い血肉を物ともせず、私とヒノエは2匹を狙う。片や邪眼を、片や鏑矢を模した(ひき)()の矢を短弓にて()()()()。魔怪払除の矢に()()めき、邪眼で血肉を吹き飛ばされながらも執念深く走り出す馬腹とベートの姿に、ぞっと怖気(おぞけ)が走った。

 一体、なにがそこまでさせるのか。

 ()()()()の冷徹な命令、か――。

 武士の(いぬ)(おう)(もの)の如く2匹を追い掛け、第3主砲塔付近までミエコ達が下がったのが見えた。

「『ここまで来たらもうすぐよ!』」

 ミエコが僅かに手を振った。

「『バーナード、準備は出来てるかぁッ!?』」

『舷側の20ミリ機銃の準備は完了している。いつでも()()()に出来るぞ』

 クラウディアの威勢に呼応する頼もしい言葉に、ミエコ達が飛び跳ねるように第3主砲塔の影に消えていった。そのまま左舷側まで逃げられれば、神聖化済弾頭の雨あられが()()()()()()()()()馬腹達に降り注ぐことになる。

「『私達も追いましょう』」

「『――あぁ!』」

 ヒノエが背に手を回し、短弓を長い錫杖に器用にくくりつける。私も機関銃グリースガンを背に回し、改めて髭切の組紐をキツく締めた。

 ――行こう。

 そう言葉を彼女に掛けようと、一歩を踏み出したその時。

 ふッ――と身体が浮いた。

 いや違う。()()()のだ。

 足を出したその先に、破断した甲板を埋めている()()()()黒い結晶の塊が、あるように見えて、()()。まるでラセツの迷妄術式のように『暖簾に腕押し』だ。全体重を掛けた足が、スッっと吸い込まれる。

 ……声を上げる暇も無かった。

 灰色の空、紺碧の海、黒い甲板、焼け焦げた高角砲座が視界から上に消え、暗い落とし穴に身体が吸い込まれ、経験したくもない重力の(さか)向きを一身に覚えながら――私は闇に落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ