19-3 戦艦大和撃沈指令――東シナ海
「『それでは頼むぞ』」
行き先は遥か遠くの南シナ海。しかも海の上をゆっくりと移動している巨大幽霊戦艦である。調査業務だけでも骨が折れるだろうに、本部指令は沈めろと来ている。我々日本支部だけでは全く人手が足りない。
「『分かりました。お気を付けて――』」
先発隊と後発隊に別れ――、立川航空基地を時間差で出発する。目的地は鹿屋米軍基地、……ではない。漂流中の戦艦大和に近い海域に、作戦に協力してくれる航空母艦がいるらしく、そこを拠点にするとのことだった。
見上げれば、隊長達の乗った輸送機が勿忘草色の空を滑っていく。ロバート隊長、バーナード、マイク、スティグラー博士が先発で出立する。ただ、スティグラー博士はあの時と同じように籠を持っていた。中身は恐らく――。
見上げる後発組はデービッド、クラウディア、そして私だ。隊長に曰く、今回の怪異現象に対処するために必要な人物、そして「ラセツ」と合流するために、待機していてくれとのことである。
――誰か?
隊長は語らなかったが、今回の事象は国際問題に直結する程の大問題であれば、今回の事象か対象をよく知る人物であろう。その護衛に「ラセツ」の面々が付けられてくる。そういう段取りの良さは、あの参謀本部跡地での会合を見るに――今までも行われていたに違いない。
隊長曰く、2時間ほどで「彼ら」と合流できる。後発組の輸送機はスタンバイのままである。航空機の世界は天気に左右される宿命からから、待ちぼうけも慣れたものである。
羽根を休めた輸送機の麓で私達は待った。背嚢、機関銃、髭切を叉銃のようにまとめ、立ちんぼの待ちぼうけである。クラウディアもデービッドも雑談という名の、怪異への対処を話し合っていた所、暫くしてゲート方面から黒塗りの自動車が2、台流れるようにぬっ――と現れた。
格納庫の影が自動車を飲み込み、屋外の輝きを纏いながら目の前に停まった。ドアが開くと、見慣れた面々が姿を現した。
「『――よぅ! ミエコ、元気だったか!』」
助手席からミエコが――相変わらずサングラスとお洒落な洋装に身を包み、颯爽と降り立った。
「『クラウディア! 映画館の時以来ね。今日は遊びじゃ無いけれど、よろしく』」
「『あぁ! 最近身体がなまってしょうがねぇからな。派手にやろうぜ』」
サングラス越しに僅かに見える笑顔は、相変わらず映画俳優らしく眩しい。物騒な乙女の会話の奥で、後部座席からゆるりと音もなく降りたのは黒衣の巫女。
「『ヒノエ、さん……!?』」
楚々とした佇まいで鋭いながらも暖かみのある眼差し。
「『お久しぶりね、ウラベさん。……お元気でした?』」
彼女の笑みに何処とない気恥ずかしさが伴っているのを、それとなく感じた。
――契り。
それは千年の恋心。
「『えぇ、まぁ……ぼちぼちと』」
『ヘッ――、なぁにがぼちぼちとだよ、ウラベ。急にしおらしくなるんじゃネェよ』
「『問題ないわ、クラウディアさん。ウラベさんも壮健で何よりです』」
――あの時以来、色々あったが。
彼女は何処まで真相を知っているのか、艶やかな表情という御簾の向こう側に問いたくなったが、場を意識して問いは胸中に沈めた。
それにしても――、もう一人。
後部座席から見知らぬ男性――恐らく日本人が一人、当惑気味に立ち尽くしている。
得てして複数人の会話で置いてけぼりを喰らうこの感覚は嫌なものだが、状況が読み込めない様子の男が視線を泳がせている。黒い短髪の撫で髪、細い黒縁眼鏡を掛けた男性である。年齢は三〇以上だろうか――、歳は分からない。
焦げ茶色のスーツにしっかりと締められたネクタイ。この基地では見ることのない立派な出で立ちだ。物腰柔らかそうな顔付きであるが、この状況に隠せない戸惑いを見せている。
「『この方は――』」
「『ごめんなさい、乗ってから詳しく説明するわ。今は時間が惜しいもの。……よろしくて?』」
「は、はい……」
この間にももう一台の自動車から、彼女達の荷物が運転手、助手を合わせてテキパキと降ろされていく。輸送機の添乗員も出てきて、淀みない手つきで荷物が流れる。その様子に合わせるようにミエコに急かされながら、輸送機に搭乗した。
轟音と共に滑走路をタキシングし、きつめのシートベルトに身体を縛られながら、真白き雲を目指すように機体はふわりと舞い上がる。函館以来ではない。別途細かな事件で空の旅も幾度か経験済みだ。だから怖いことはない。
搭乗する度に、背中を捻って四角い窓から外を望む。
いつもの立川基地。
高度を上げ、立川の街が辺り一帯の緑に包まれていくようだ。小さく小さく、小さく小さく――あの映画館で見下ろした地球のように。
「『……ウラベ、もういいですか?』」
デービッドの声にハッと振り返った。
目に余るほどに茫としていたようだ。
「『すみません、大丈夫です』」
「『もう機体も安定したわ。――鹿児島の鹿屋基地までは4時間くらいかかるわ。長くなるけどその間に事情説明と行きましょう』」
ミエコがチラリと視線を流す。その先は、神妙な顔付きのまま、無言で眉を顰めている日本人男性。我々は全員事態を知っているが、彼は何処まで知らされているのだろうか?
そもそも――誰か。
「『紹介するわ。この方は牧野さん。元海軍大佐の造船技術者。例の戦艦大和の建設、設計に携わった方よ』」




