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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
最終章 未来に希望はあるか
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19-4 戦艦大和撃沈指令――東シナ海

挿絵(By みてみん)


 牧野元海軍大佐(だいさ)

 上等兵上がりの私なんぞとは比肩も出来ぬ、天と地ほどに開いた階級差だ。階級だけならロバート隊長と同じだろうが、――既に栄えある帝国海軍は亡びている。

「『牧野元大佐、45歳。戦前から海軍の造船技官として活躍され、呉工廠で設計主任の職に就かれておりました。例の戦艦大和の建造にも携わり、現在は戦争で失った技術を継承すべく、復員庁の第二復員局で史実調査部嘱託として技術関係の史実調査をされておりますわ』」

 ミエコが澄ました顔で氏の来歴を淀みなく諳んじる。

 若い印象を受けたが齢四〇を越えていたとは。なるほど、人は見た目に寄らないものだ。技術設計の世界は(とん)と皆目見当も付かない世界だが――、きっと私なんぞより遥かに苦労してきた人間に違いない。

「『復員局――。ちょっと前までは陸軍の第一復員省、海軍の第二復員省と別れていて、私達ラセツも陸軍には顔が利いていたけど……、今回はあまりに強引でしたわ。重ね重ね非礼をお詫び申し上げます』」

 シートベルトに固定されながら深々と頭を下げる。その所作を、牧野が怪訝な表情で窺う。

「私には、その……、ラセツやら神聖同盟というのは……、申し訳ないが、()()()()()かと――」

 それはそうだ。

 信じられなくて当たり前だ。

 奇跡の一つや二つを拝し、怪異の一つや二つを討滅しなければ、現実感など毫も湧くはずもない。私だって神の奇跡(霊的分離不能石)で異国の言葉を脳で聞き、化け物(馬腹)機関銃(グリースガン)で撃ち、この邪眼で穿って初めて身に染みて理解出来たのだ。目の前の世界を薄皮一枚剥けば、常識では推し量れぬ異界が滾々と溢れ出ている。その現実を、氏はまだ知らぬ。

「『――ごもっともですわ、牧野さん。でも、冗談なら連合軍所属の輸送機(スカイトレイン)の手配をしたり、武器弾薬を積んだりするはずもないでしょう?』」

「そ、それはそうですが……」

 秘蹟も聖遺物も術を目撃せずとも、この輸送機に乗っている事実の方が、彼に対しては現実味のある説得かも知れない。そういう世界を見ずに生きてきたのは幸せなことだが、彼にはこれから強烈で巨大な怪異に相対して貰わねばならないのだ。

「ですが……、今この瞬間でも信じられません」

 僅かに震える声の芯は太く、己の信念を軸に振り絞っているようだ。

「戦艦大和は沈んだはずです。坊ノ岬沖で米航空機の集中攻撃を受けて。それが、まさか、……幽霊船になっているなんて」

 ――幽霊船。

 クラウディアの喩えが意外と良い線を行っていたようだ。

 帆船時代、つまりは前近代の不確定こそが世界を形作っていた時代と比べ、全てが記録に残る――写真、映像、文書で緻密に記録され、再現的に検証されうる現代だからこそ「幽霊船」という朧気な怪異が存在する()()なんて本来は存在しない。

 だが、私は知っている

 怪異があることを。

 そして()()()()ことを。

「『中に誰かいるのでしょうカ?』」

 徐にデービッドが首を傾げた。彼の日本語に牧野が驚きの表情を浮かべながらも、僅かな間を持たせて首を振った。

「……生き残っているはずはありません。あれから2年です。あの時、戦闘に参加した駆逐艦雪風や冬月など、生還した艦艇に収用された人以外は生き残っているはずは……」

 実際戦死しているだろう。牧野氏の言う通り、そして新聞報道の通りであれば、大爆発を伴ったまさしく()()である。さらに海底へ沈んでいったのだから……あり得ない。

「『そう。沈んでおります。誰も発見できていなかった海底に沈んだ戦艦大和。それが、それが浮かんでいるからこそ、今私達が()()に乗っているのですわ』」

 ぐるりと視線を回せば、輸送機という現実。

 或いは怪異への旅路という非現実か。

「『神聖同盟から聞いたお話では、既に米国極東軍として空・海の部隊が戦闘態勢に入りつつあるようです。動力源不明なれど微速のまま中国本土へ向かって移動しており、このままでは上海付近に座礁する可能性があると』」

「……()()()()()()?」

 牧野が俄に顔を上げた。

「『そうです。目的地偽装の為に進路を変えている可能性はありますが、――真っ直ぐ中国本土を目指していますわ』」

「『でも、それっておかしくねぇか?』」

 今まで俯いていたクラウディアが、突然間に入った。

「『幽霊船(Ghost ship)ならよ、動かしてるのは幽霊なんだろ? 怨霊、怨念、恨み辛み――生きている間に出来なかったことをやるのが普通じゃねぇのか?』」

 ――出来なかったこと。

 沖縄沖米艦隊を破砕し、上陸部隊を粉砕する。

「『……本来ならね。でもクラウディア、漂流こそが幽霊船の本質じゃなくて? 人の意志を介在しないで振り回す、ほら、「迷い家」みたいな方がしっくりくるんじゃない?』」

「『ハァン(Uh-huh)――、そうか。それじゃ、あの時のドッペル(Doppel)ゲンガー(gänger)みたいに親玉が居るっつー寸法か』」

 牧野が不思議そうにミエコとクラウディアの会話に視線を送る。霊的分離不能石エンタングルメントストーンのことを知らされているか分からないが、――別に良い。彼はこの後、嫌というほど()()()()を見ることになるのだから。

 それでも、彼には言っておかねばならない。

「『牧野さん。いずれ貴方は戦艦大和と相対しなくてはならなくなるでしょう。一度死んだ者達、英霊、どんな言葉で繕っても……全ては怪異です。亡霊のようにつきまとうかもしれない。それでも、決して逃げないで欲しい』」

 牧野氏と視線が交差する。

 彼の瞳は真面目さが透けて見える。

「『私は大陸にいた一介の陸軍上等兵に過ぎません。ですが、軍部の恥部――、いえ、死んだはずの上官が怪異となって私の前に立ち塞がったこともありました。……戦艦大和という過去の亡霊は貴方を当惑させるかも知れない。それでも、真摯に過去に向き合って欲しいんです。陸海や階級の違いはあっても、同じ日本軍人で大戦を生き延びた者として――』」

 驚くほどに、だ。

 すらすらと言葉が湧き出る。

 自分でも不思議な感覚に視線を落とした。

「『牧野さん、よろしくて?』」

 ミエコが凜とした表情で決意を促している。お互いサングラス越しだが、楚々とした視線には一点の曇りもない。

「……分かりました」

 彼の表情も同じだ。

 決意が顔に滲んでいる。

 牧野氏も、周りの皆も大きく頷いたのを見計らったのか、ミエコが座席脇に置いていたバッグをゴソゴソと探り、大きめの茶封筒を取り出した。

「『それじゃ改めまして。……これを見て。これが米軍機が撮影した幽霊船、戦艦大和の写真よ』」

 ミエコの両手には、焼き増しされた複数枚の写真がトランプのように並んでいた。

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