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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
最終章 未来に希望はあるか
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19-2 戦艦大和撃沈指令――東シナ海

挿絵(By みてみん)



 戦艦ヤマト。

 はて――?

 耳馴染みのないフネだ。ヤマトは大和国(やまとのくに)の大和だろうか?


『ヤマト型戦艦――、ですか。確か2番艦はムサシで3番艦が空母になったシナノだったはずですが』

 デービッドが深く考え込むように見えて、すらすらと言葉を紡ぐ。

「『――し、知っているのか、デービッド?』」

「『ほら、ウラベ、覚えてませんか? 新聞や書籍でチラホラ取り上げられていたじゃありませんか。……史上空前の45(センチ)砲を搭載し、六万(トン)を越える排水量を誇る世界最大の戦艦が人知れず沈んでいたって』」

 あぁ――、やっと思い出した。

 朧気であるが、確かに()()()ことがある。

「『確か軍事機密で秘匿されていた、連合艦隊の旗艦だったか』」

「『おいおい、日本人のウラベも知らねぇのか?』」

「『――戦艦ヤマトは戦時中、高度に機密指定されていたようだ。資料も焼失、散逸し、占領軍側では正確な情報が未だに分かっていない。知っているのは海軍関係者や設計者、地元住民の一部、軍の高官くらいらしい』」

 マイクの驚きも隊長の補足も、全て如実に戦艦大和の異常さを際立たせている。

 戦艦大和――。

 デービッドの言う通り新聞でぼつぼつと記事になっていた。陸軍の身の上、さらに海軍の知り合いがいないことから、報道されるまでは一度も耳にしたことはなかった。開戦爾来如何なる活躍をしたかは不明であるが――、記事に書かれた()()だけは覚えている。

 沖縄に米軍が上陸した2年前の4月、戦艦大和は沖縄に向け特攻出撃を敢行。沖縄沖に展開する米艦隊を撃破し、沖縄に上陸した米軍部隊を砲撃するという()()()()を与えられた。

 空を覆う米軍機の群れ。

 度重なる空襲。

 幾十の死線の果てに爆弾数発、魚雷十数本を一身に受け――沈没。

 衆寡敵せず、総勢3000人近くが船と命を共にし、連合艦隊は事実上消滅した。

 軍事機密という御簾で覆われた、連合艦隊旗艦。私を含めた日本人でも()()()()()()()()()()()し、私からすれば南海に沈んだ数多の軍艦の一隻にすぎない。

 機密の御簾が外れたのは、大和型戦艦だけではない。門外漢の私には何処までが正しい情報か毫も分からぬが、()()()()()()()()()()()達が確かに紙面に踊っていた。ロケット推進による高速局地迎撃戦闘機「秋水」、双発タービン・ロケットなるものを積んでいたという「橘花」、小型機を複数収容する世界最大の潜水艦。そして史上最大の戦艦、大和型戦艦。


 ――嗚呼、浪漫(ロマン)だ。

 浪漫(ロマン)である。

 空飛ぶ戦車の想像図に心を躍らせた子ども達とは別に、明らかに苦しくなる戦局を挽回できる新兵器、隠し球を心穏やかならず求めてしまう大人心の醜さが嫌になる。

 その狭隘な谷間の中で、強烈なロマンの残影を焼き付けた兵器達。しかし、これらの残り香も掻き立てられた憧れも、所詮は食うや食わずの「敗戦の現実」という水面を僅かに波立てるだけにすぎない。間に合わなかった敗残の兵器に感じる茫漠たる寂しさは、私達日本人だけの感傷なのであろうか。

「『……沈んだはずの船が浮かんで漂流してるってことかよ』」

「『そうだ』」

「『へッ――、幽霊船にしちゃあ情緒もへったくれもねぇな』」

「『オペラの題材やコナン・ドイルの怪奇小説にもならなさそうねぇ、その様子じゃ』」

 物質に夢を求める男と情緒に夢を求める乙女達。分かりやすい対比に、なんだか気が抜けそうだ。

「『我々の任務は、その戦艦の調査ですか?』」

 バーナードが気を取り直すように膝を叩いた。

「『いや、違う』」

 仁王像の眉間の皺が更に寄り、右手でこめかみを押さえた。

「『――事態は深刻だ。戦艦ヤマトは動力源は不明ながらも、潮の流れに逆らうように中国本土を目指して動いている。極微速のようだが、このまま行けば数日もかからずに所属不明の巨大戦艦が中国本土、上海に乗り上げる事になるだろう』」

 ――サッと血の気が引いた。

 まずい。

「『今、中国は国共内戦の動乱の最中です。そこに正体不明の巨大戦艦が乗り上げれば、上海は大混乱は必至ですね……』」

「『あぁ――、それだけじゃないぜ。こいつが米軍艦船と誤認されりゃ最悪だ。座礁時に大量の死人でも出てみろ、国民党政府と米政府が相互に疑心暗鬼になり、内戦の天秤がどっちに傾くか分かったもんじゃないぜ。それに――こんな巨大な怪異だ。人目に触れちまえば、俺達の活動まで世間様に露呈する可能性が高いぜ』」

 デービッドやマイクの饒舌な補足を受けるまでもなく、クラウディアもキャサリンも揺らぐ視線を交えて確かめ合う。あぁ、そうだ。これは()()()調()()じゃないんだ。

『……つまり、()()()()()()ですか? 隊長』

「『そうだ。本部からの指令は単純(シンプル)だ。今から我々は米軍の極東軍空軍や海軍と協力しつつ、当該戦艦を調査。その後速やかに戦艦を()()()()()』」


 ()()()()()()()()――。

 言葉にすると背筋がうすら寒くなる。

 大戦の砲火に傷つき、眠りについていた戦士を再び沈めるのだ。米航空機に嬲り殺しにされ、悲劇的な特攻で幕を下ろした連合艦隊の旗艦が、再び姿を現したために。

 ――何故?

 ――何故、戦艦大和が浮かんでいるのか?

 誰も口に出さない。

 それを調べるのも我々の仕事だ。

 そんなこと口にするだけ野暮というものだ。言葉よりも行動すべきと考えなくても勝手に身体が動くのが、この『神聖同盟日本支部』の良い所だ。それでも尚……、脳裏にこびり付いて離れない影が、声高に叫んでいる。

 異常を、違和感を。

 これは()()()()()()()()()

 つまりあのお嬢さん(ミリアム総大司教)直々の指示だ。彼女が、いや、あの場にいた皆が口にした“災い”――それが蘇った戦艦大和だとしたら、あのフネを動かしているのは――。

 背筋を走る寒気が闇を纏う。

 振り払い、気を確かにしても尚。

 水無月の空の向こうに蘇った悲劇を思いながら、(かいな)は重々しく機関銃(グリースガン)と髭切を持ち上げ、曇り空を睨み上げるしかなかった――。

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