第54章 決断
以前クロフォード殿下に言われたことを思い出した。
政は綺麗事では済まない。ただ清廉潔白であろうとするだけで何もしない、そんな無能な奴を使うつもりはない。
志さえ違わなければ、たとえ倫理観が多少自分とは異なっていても、国のため、多くの人々のために役立つ人材を登用する。だからお前を放すことはないと。
そんなことが現実に可能なのかどうか、私には判断できなかった。そもそも自分に本当に殿下の役に立てるかどうかの確証もなかった。
それ故に、自分がもし母親の犯した罪の連座により職を解かれたとしても致し方無いと思っていた。
クロフォード殿下なら我が領地のことを悪いようにはしないだろう、という信頼もあった。
誰が新しい領主になろうが、殿下のお勧めがあればカイルとスレッタは雇ってもらえるだろう。
彼らが領地に残れば、何の不安もないと思っていた。
しかし、彼らは私を一生の主とし、ずっと付いてきてくれるつもりでいること知った。
熱いものが心の奥底から込み上げてきて、二人の期待を裏切ってはいけない。何があろうと信念を貫こうという強い思いが再び湧き上がってきた。
そしてそれと同時に、二人のお邪魔虫にならないように心掛けなければならないと思った。
私はディアナ嬢以外の女性を好きにはなれないと思う。
侯爵家を継ぐのならば、政略結婚も致し方ないのかもしれないが、平民になるなら無理に結婚することはない。独り身を通すつもりだ。
それ故に私の結婚を待つ必要はない。何としても二人を夫婦にしなければならない、とその時そう決心した。
加害者の息子が被害者の娘と結ばれたいなどと望んではいけない。
たとえ彼女や彼女の家族が私自身のことを許してくれたとしても。
私の存在は、彼らの愛する女性の死を絶えず思い出させてしまうのだから。彼らの罪悪感や無念さと共に。
そんな辛い思いは絶対にさせたくない。事件が解決し、全容が明らかになって、罪を犯した者達が全員処分された後は、彼らにはできるだけ心穏やかに幸せに暮らして欲しい。
そして失われた家族としての団欒を遅ればせながら送って欲しい。
きっとそれが亡き夫人の願いだったと思うから。
彼女の残された日記には、夫と三人の子供達への愛の言葉で溢れていた。
彼女の望みは子爵家の庭で家族揃って花を愛でたり、自家製の料理を食べること、そんな細やかなものだった。
彼女の望む暮らしが送れなかった原因は、確かに私の母のことだけでなかったかもしれない。
多額の借金や、かなり性格に難のあった子爵の母上のせいが大きかっただろう。
それでも、シャルロット嬢はともかく、フィリップ君は実際には母親に謝罪してやり直したいという気持ちを持っていた。
だから、もし夫人が亡くなっていなかったら、彼は家族としてやり直しができたかもしれないのだ。
そう考えると申し訳なさで胸が詰まる。
この会合はいかにディアナ嬢をキンバリーから守るのか。
そして麻薬及び違法薬物を製造、流通させている組織の壊滅と捕縛を目的にしたものだ。
しかし、それと同時に、この魅了系違法薬物の一番の被害者であるロンバード子爵家のために、少しでも罪滅ぼしができないか、それを考えるために持った会合だった。
つまりロンバード子爵とフィリップ君が、ナンシー夫人のことやフローディア嬢をどう思っていたのか、その心の中を包み隠さず語ってもらうことだった。
私は、事前にクロフォード殿下とマッケイン伯爵の了承を得て、「記憶石」という魔道具にその会合の全ての会話を記憶させていたのだ。
ディアナ嬢に肉親のありのままの気持ちを伝えられるように。
(正直、殿下が国家秘密レベルの話を始めたときは、本気で焦った。あれをディアナ嬢も聞くのだから。
まあ、私の家族の話はそれ以上彼女に聞かせてはいけないものだったから、会話の後半の部分はカットすることにしたが。
父と兄の真実の心の叫びを聞いて、ディアナ嬢の心の傷が少しでも癒えてくれればいいのだが。
私にできることはそれくらいしかない。それがとても切なくて苦しい。
彼女には、お日様の下で元気に咲くタンポポのような、そんな明るい笑顔が似合う。
できるならこれからは、家族と共にそんな笑顔で暮らしていって欲しい。
だからこそ、私はロンバード子爵親子にこう指示を出した。
「フィリップ君、君にはこれから残酷な任務を遂行してもらうことになる。
本当に心苦しいのだが、これを成功させなければ、キンバリーを有罪にする証拠がない。だから……」
「わかっています。早くフローディアの命を奪えと、私がキンバリー嬢に促せばよいのでしょう?」
「なっ!」
「すみません、子爵、そしてフィリップ君」
「いいのです。そもそもこの計画はフローディア自身が立てたものなのでしょう?
セルシオ君が罪悪感を抱く必要はないですよ。大丈夫です。ちゃんと悪役を演じ切ってみせます」
フィリップ君は色々と吹っ切れたようで、穏やかにそう言った。
それから我々は、マッケイン伯爵が作成した作戦計画書を元に、彼から今後の行動について説明と指示を受けたのだった。
 




