第55章 父と兄の真実(ディアナ視点)
休日だというのに父と兄が王城に呼び出された日、結局二人とも帰宅しなかった。
夜になって第二騎士団のファスト卿がその旨をわざわざ伝えに来てくれた。変装のためか同じように平民服を着た三人の仲間の方々と共に。
もうそれだけでこれはただ事ではないと私にも分かった。
城からの呼び出しを渋り、しかも連行される際には、絶対に誰のことも屋敷に入れるな、私を外へ出すなと兄が命じていた時点で、何かが起こり始めているのだろうと感じてはいたけれど。
それなのになぜファスト卿を屋敷に入れたのかといえば、彼とは毎日決まった時間にカンテラで合図交換をしていたために、連絡事項があるというサインに気付いたからだった。
「今日からお屋敷内において警備させてもらうので、よろしく」
父とルシアン様からの手紙を私に手渡しながら、ファスト卿が言った。
何も知らないランメル夫妻は目を剥いた。
しかし、私が驚くこともなくそれを受け入れたことで、戸惑いながらも何も口をはさまなかった。
そしてすぐに客室の準備をしようと動き出そうとしたが、ファスト卿がそれを察して止めた。
「どうか、私達はいないものとして行動してもらえると助かります。敵を油断させたいので。
食事も自分達で調達しますし、寝床の準備もいりません。
普段どおりに暮らしていてください。
フローディア嬢のことは私達騎士団が必ずお守りします。
いいえ、ご令嬢のお父上や兄上と共にと言った方が正しいですね。それとセルシオ様と」
セルシオ様だけでなく、父や兄と共に……
わざわざそう言ったということは、そこに意味があるのだろう。
ランメル夫妻は嫌そうな顔を隠さなかったが、ルシアン様は父や兄を信じていると言っていた。
「身近にいると却って見えないものがある。貴女が父上と兄上を信じなければ、私は貴女を守れないし、母上の死の真相は暴けない」
以前彼にそう言われたことを思い出し、私は二人を信じてみようと思ったのだ。
父と兄が家を留守にして三日後、ファスト卿がルシアン様からのメッセージを伝えてくれた。
「明日の水曜日に、いつものように図書館で会いましょう」
私は緊張した面持ちで家を出て図書館へ向かった。後方から街着スタイルのファスト卿がこっそりと付いてきてくれていた。
図書館に着いて建物の中に入ると、入り口近くでカイル=ワーナード卿に扮したルシアン様が待っていてくれた。
そして二人で例の貴賓室の中に入った。
「お父上と兄上が三日も家を留守にして心配だったろう?
私がお二人を呼び出したんだ。ごめんね」
「キンバリー様の件についてですか?」
私がこう訊ねると、ルシアン様は頷いた。そしてこう言った。
「いくら私が彼らを信じてやって欲しいと言っても、君が心から信じられなければ、一致団結して事には当たれないと思った。
だから彼らの本当の気持ちを知りたくて、会合を持ったのだよ。
そして彼らには内緒でその時の会話を「記憶石」という魔道具で記録しておいたんだ。
私から聞くよりも、父上と兄上のありのままの言葉を聞いた方がより正確に伝わると思ったからだ」
「記憶石」という魔道具のことは聞いたことがあった。
たしか国同士の会談や決議のときに、言った言わないと争い事が起きないように記録するものらしい。
もちろん文字による誓約書も交換されるそうだが、それよりも証拠能力が高いらしい。
そんな貴重な道具を使ったと知って、私は喫驚し、目を見張った。
自分が頑な過ぎたせいで多大な迷惑をかけてしまったと、申し訳なくなってしまった。
そして……
私は泣いた。
お母様を亡くしたときと同じくらいに、はしたなくも大きな声を上げて泣いてしまった。
しかも、ルシアン様の胸の中で、まるで幼子のように。
お父様は本当にお母様を愛していた。そしてお母様も。
お父様が読み終わったというお母様の日記を渡されて、それに目を通した後で「記憶石」を聞かされたのだ。
私の前ではあんなにお父様の悪口ばかり言っていたのに、あれは本心ではなかったのだ。
ただの愚痴だったのに、幼い私はそれを真に受けてしまっていたのだ。
お母様には王都に心を許せる友人がいなかったから、つい私相手に鬱憤を晴らしていたのかもしれない。
そしてお父様も私のことも本当に愛してくれていたことがわかった。だから手放したくて、スゴッテ男爵家へ行かせてくれなかったのだ。
病弱設定にしたのも、学園や習い事に行かせてくれなかったのも、私を邪悪な人達から守るためだった。
お父様があの日、なぜ無理矢理にお母様を夜会へ連れ出したのか、その真実もようやく分かった。
お父様は家族を守るために仕方なく、極悪上司に逆らえなかったのだ。
そして任務を遂行している間にお母様は悪魔達の罠に掛かり、事故死に見せかけられて殺されてしまったのだ。
私はお母様を失った哀しみや怒りを全部お父様にぶつけてしまった。
そしてお父様の哀しみや辛さを分かろうとしなかった。
もしかしたらお父様の方が私よりもずっと傷付いていたのかもしれないのに。
しかもそれ以後、私は心を閉ざして、お父様やお兄様達とも他人のように接してきた。そして、家族を一切信じようとしなかった。
まあ、いじめっ子から助けてもくれず、いつも無視していたお兄様やお姉様はともかく、せめてお父様とだけは話をしていたらよかった。
そうすれば、私は家族を失わずに済んだのかもしれない。
私には家族なんていないと強がっていたけれど、本当は寂しかったし、みんなの愛情を求めていた。
馬鹿だったな。お父様を無視して拒絶して。お母様もお父様を愛していたというのなら、きっとお空で悲しんでいたに違いないわ。
それに、お兄様まで私に罪悪感を抱いていたことにも大きな衝撃を受けた。
お兄様は私のことなんて全く関心がないのかと思っていたから。
たまに皮肉を言ったり馬鹿にしたりしていたけれど、ほとんど無視されてきた。だからてっきり私のことはどうでもいいと思っているのかと。
私をまるで使用人のようにこき使い、私を利用するのが当たり前だと思っていたお姉様のことは嫌いだったし、軽蔑していた。
しかし、お兄様に関しては何も関心がなかった。
まあ子供のころは、お母様を苦しめていたジルスチュワート侯爵夫人やレイクレス伯爵家の人間と、何の蟠りもなく接している神経には疑問を抱いていたし、腹立たしくは感じてはいたけれど。姉と同じく。
まさか、いじめっ子から私を助けてくれなかった理由が、私に関心がなかったからではなく、気が弱くて動けなかったせいだったとは思いもしなかった。
お兄様は学園では成績優秀で運動能力も高いと評判だった。
まさかそれが、私に後継者の地位を奪われないかと不安で、必死に勉強した結果だったとは思いもしなかった。
土に触るのも嫌がっていたのに、植物学を学んでいたということにも驚かされたわ。
そして、体躯を鍛えていたり、勉強に励んでいたのも、とどのつまり私のためだったらしい。
つまり、 いざというときに私を守る胆力と技術を得るためだったらしい。ルシアン様からそう説明されて、さらに驚いてしまった私だった。




