第56章 家族を繋ぐもの(ディアナ視点)
「真実を知って貴方はどう感じたかな。まだ、お二人を信じられない?」
まだ涙は流れていたけれど、どうにか私の嗚咽が治まったのを見計らって、ルシアン様がこう訊ねてきたので私は首を横に振った。
「ルシアン様のおっしゃっていた通りでした。私はちゃんとお父様に愛されていたのですね。お父様に虐げられていると思っていたことが全て私のためだったなんて、まだ頭の中が混乱していますが。
お兄様のことも意外過ぎて、何と言っていいのかわかりません。
お兄様には嫌われているとまでは思ってはいませんでしたが、私のことなど眼中にはないのだろうと感じていたのです。それなのに、むしろめちゃくちゃ意識されていたことを知って衝撃を受けています」
私が正直にそう答えると、ルシアン様も同意するように頷いてくれた。そして、君が驚くのも無理ないよと、少し笑って言ってくれた。しかしその後で、真面目な顔をしてこう言葉を続けた。
「いくら家族であっても誤解をし、分かりあえないことはままあることだと思うよ。それでも多くの家族がなんとかやっていけているのは、そこに家族以外の第三者が関わってくれているからだと思う。
私も家族とは意思疎通が全くできなかった。両親は不仲で家族揃って食事をしたことも、団欒を楽しんだこともなかったからね。
母親はそれこそ私に全く関心がなかった。そう。嫌いだという感情さえ持っていないのだと思う。それを悲しいとは思わなかったのは、物心つく以前からそうだったことと、屋敷の使用人から十分に愛情を与えられていたからだろうね。
それに、父親からは愛されていると信じられていたから平気でいたのかもしれないと今ごろになって思うんだ。
でもね、私の父親も貴女のお父上同様に不器用だし、言葉も足りない人だったんだ。それにも係わらず君とは違い父を信用できたのは、周りの人々が私達の間に入ってくれていたからなんだ。
父の気持ちを私に、私の気持ちを父へ上手に伝えてくれていたんだよ」
その話に私ははっとした。ルシアン様が何を言いたいのかがわかったからだ。
父が言葉足らずだったせいで誤解してしまったことは事実だが、幼かった私には話せないことも多々あっただろう。そう考えれば責められない。
でも、もしあの時父の事情を知る人が私でも理解できるようフォローしてくれていたら、状況は変わっていたかもしれないのだ。
そしてそれができたのは、私達のことよく知っているランメル夫妻しかいなかった。何故彼らは私と父や兄達の間を取り持ってくれなかったのだろうか。
私は母が亡くなってからというもの、ランメル夫妻を実の親のように思ってきた。実際十六になったら家を出て平民になって、彼らと家族になって暮らして行こうと計画していたのだから。
夫妻は私を可愛がってくれていた。それは事実だし、その情を疑っているわけではない。けれど、それは本当の愛情だったのかと、ルシアン様の話を聞いて疑問に感じてしまった。
だって本当に私を愛してくれていたのなら、父や兄達の間を取り持って、うまくやっておけるようにお膳立てをしてくれていたはずだわ。
けれど、私が父親達の仕打ちを嘆いて文句を言っても、困ったような顔をしてただそれに同調してくれるだけだった。
そして、先ほどの「記憶石」を聞いた限りでは、私が姉から理不尽な目に遭っていたことも、彼らは父には伝えてはいなかったようだ。
つまり、私達の親子関係の修復をしようとするつもりはなかった、ということになるのではないかしら。
「何故レンネさん達はお姉様のしていることをお父様に話さなかったのでしょうか。私のように言っても無駄だと思っていたのでしょうか? それにしたって、姉のことを思ったら本人に注意するだけでなく、お父様に伝えるのが当然ではないでしょうか?
先ほどの話を聞いて、お父様が私達を平等に愛してくれていることがわかりました。ですから、お姉様の真の姿を知っていたら、お姉様のためにもきっと何か対策を取ったのではないかと思うのですが」
私がこう疑問を口出すと、ルシアン様は優しい顔をしてこう言った。
「その理由はいくつか考えられるが、いずれも私の想像の域を越えない。
ただ、ランメル夫妻にとって仕えている相手は夫人のご実家であるスゴッテ男爵家であって、ロンバード子爵家ではなかったような気がするね。
フィリップ君やシャーロット嬢はロンバード子爵家の人間で、貴方はスゴッテ男爵家の人間だと認識しているのかもしれない。そう考えれば辻褄が合うよね。
今私が言えることは、ランメル夫妻が貴方に害をなす心配はないだろうということだけだ。しかし、だからと言ってロンバード子爵家のために動くとは限らないけれどね」
ああ、だからルシアン様は、ファスト卿のことをランメル夫妻にも話してはいけないと言ったのか、と納得した。彼は以前から夫妻のことを信用していなかったのだ。
キンバリー様が私を殺そうとしていること知った時、私はそれを逆手にとって殺された振りをして、家を出ようとした。死んだことにすればもう命を狙われる心配がなくなるから一石二鳥だと。
最初はルシアン様に大反対されたけれど、私の身の安全ためには最善の方法かもしれないと最終的には納得してくれた。しかも、私が死んだことにすれば、キンバリー様が私を殺そうとした物的証拠も残せる。
つまりその行為は、麻薬及び違法医薬品の製造販売組織を撲滅する一助になるかもしれない。私はルシアン様の役に立てて、しかも母を殺した犯人を捕まえる手助けができるのだ。
自分で言い出しておいてなんだけれど、最高の作戦だわ、と思っていた。
この計画は失敗ができない。だからどんなに信用している相手だとしても絶対に漏らしてはいけない、とルシアン様に言われた。
ランメル夫妻が敵になるか味方になるか、ルシアン様は判断がつかなかったから、今回の計画について誰にも話すなと言っていたのだろう。そしてその判断は正しかったのだと、私も今はそう思えた。とても悲しいけれど。
でも、これから彼らとどう接すればいいのかしら。例の作戦はそろそろ決行するはずよね? そうなれば、私はあの屋敷で死んだ振りをしなければならないのに。
私がそう思い悩んでいると、ルシアン様が今後の計画について伝えてくれたのだが、当初私が考えていたものとは変わっていた。それはお父様やお兄様の協力が得られることになったからだと思った。




