第53章 王太子と親友
部屋の中に一週間軟禁させただけで、アルスト殿下は正常に戻った。
しかし彼がマクロミル伯爵令嬢のどこが好きだったのかさっぱりわからない、と言ったことで、国王陛下王妃殿下、そして第二王子は激怒させてしまったのだ。
もちろんクロフォード殿下のことも。
その後アルスト殿下は廃嫡され、マクロミル伯爵令嬢と結婚させられて、マクロミル伯爵となった。
元マクロミル伯爵は令嬢の兄だったが、王族の婚約を壊した咎で責任を取らされて貴族籍を剥奪されたのだ。
このことはマクロミル伯爵領の領民には、王家による乗っ取りに見えたようだ。なぜ領主が変更になったのか、それを誰からも説明されなかったからだ。
それ故にアルスト殿下改め新しいマクロミル伯爵は、領民や屋敷の者達に憎まれてしまい、伯爵領の治めるのにとても苦労した。
しかし、アルスト様を慕っていた優秀な侍従や護衛達が王宮を出て彼の下に付き従ってくれたので、なんとか領地を守ることができた。
今では領民も使用人も主の人となりが分かってきて、慕ってくれるようになったらしい。
そもそも前領主の評判はあまり良くなかったらしいし。もちろんその妹も。
これは最近わかったのだが、マクロミル伯爵夫妻は仮面夫婦らしい。
アルスト様は軟禁されて頭がスッキリした時点で、自分はマクロミル伯爵令嬢に魅了系の薬を使われたのではないか、と考えていたらしい。
そもそもアルスト様がマクロミル伯爵令嬢から近寄られたとき、なぜ彼女をすぐに排除しなかったのかといえば、彼女に接触してマクロミル伯爵家の内情を探ろうとしていたかららしい。
伯爵領の物流の動きが不自然だという報告が、彼の配下の者から連絡が上がっていたからだ。
その時点ではまだ密輸の疑いだけだった。だからまさか麻薬とか違法薬物が関わっているとは思いも寄らなかったらしい。
その結果その令嬢から魅了系の薬を嗅がされてしまったというわけだ。
しかし、はっきりした物証が無い以上、ただの言い逃れをしていると思われるのが関の山だと判断し、一切弁明しなかったのだという。
ただ、密かに元の婚約者へは詫び状を認めたそうだが。
二人には恋愛感情はなかったが、互いに好意を持っていたし、一生添い遂げるつもりだった。
だから元婚約者には心底申し訳ないと思っていた。そして、彼女を心ならずも裏切らざるを得なくしたマクロミル伯爵令嬢に対する憎悪は、なんともし難いものだったという。
それに、何だかわからない薬をまた盛られでもしたら堪らない。結婚後は名目上の妻とは一切関わらないようし、彼女にはこっそりと監視役を付けていたそうだ。
アルスト様は領地経営に励みながらも、義兄である前マクロミル伯爵とその妹の過去の足跡をずっと辿っていたのだという。
そして一年ほど前までには、彼の犯罪の証拠はほとんど集まっていたらしい。
ただし、彼が犯罪組織の主犯ではないことは明らかだったので、全容を掴むためにすぐには国には報告をしなかったらしい。
「もっともアルスト兄上は、ジルスチュワー侯爵家の執事であるカイル=ワーナードとは頻繁に情報交換はしていたようだが」
クロフォード殿下が恨めしそうな目で私を見た。
三人の王子達は私の幼なじみだった。上の二人の兄達には幼い頃から弟のように可愛がってもらっていて、私の兄のような存在だった。
そして私のもう一人の兄同然であるカイルも、子供の頃から私の側にいてくれた関係だった。
それ故に彼もまた三人の王子達とは、幼なじみのような間柄だった。
特に第一王子だったアルスト様とは同じ年だったこともあり、親友といってよい関係になっていった。学園に入ってからはまるで側近のように一緒にいた。
だから最終学年に入ってアルスト様が件の令嬢が親密になった時は、色々と彼に忠告をしていたようだ。
正常に戻った時、彼はカイルにこう言ったそうだ。
「私の最大の過ちは、君に相談をしなかったことだ。もし、話をしていたら私が罠に堕ちた瞬間に、君がすぐさま救い出してくれただろうに」
と。それを聞いたカイルは
「たかが男爵令息に過ぎない私に、王太子であられた貴方が、国家秘密に関わるような話を漏らせるはずがなかったでしょう」
と答えたそうだ。
しかし、カイルは本来我が家の執事などに収まっているべき人間ではないのだ。
アルスト様の言う通り、国の中枢で暗躍、いやいや活躍すべき超有能な人物なのだ。
しかしアルスト様は優しい方だから、カイルを自分の駒として使うのを躊躇ったのだろう。
まあ、そのせいでカイルは却って自主的に麻薬や違法薬物の製造密売ついて密かに探索するようになってしまい、余計危険に身を晒す結果となったわけだが。
「今の私は一臣下に過ぎないが、元王族として国のためなら、危険なことでもやり抜く義務があると思っている。
しかし君はジルスチュワート侯爵に忠誠を誓わなくてはならない身だろう。
それなのに主のその罪を暴く行動をしてもいいのか?」
アルスト様そうカイルに訊ねたそうだ。すると彼は珍しく微笑んでこう答えたという。
「私も貴方のように、大袈裟な言い方をすればこの国の人臣のために何かしたいのです。
罪のない多くの人々が、知らぬうちに自分の意思を奪われて罪を犯し、運命を狂わされる、そんな姿などは目にしたくないのです。
しかし、正直なことを言えば、その思いを私よりももっと強く望んでいる方がいるのです。
それが私が唯一の主として一生仕えたいと願っている方なのですよ。
私は家ではなくて、その主のために動いているのです」
「しかし、結果的にその行動は、君の主の地位や身分、そして名誉まで奪うことになるのではないか? そのことに躊躇いはないのか?」
「無いと言えば嘘になるでしょう。しかし、主は優秀な人間ですから、今の地位や身分を仮に失ったとしても、自らの手で新たな地位や身分を掴める方です。
世界は広いのです。ですから何もこの国に留まっている必要などないのです。
そしてその際は私も恋人と共にお供するつもりなので、ご心配は無用です」
カイルのその答えにアルスト様は、自分を見捨ててルシアンに付いて行くのかといじけたそうだ。
この話は、アルスト様の愚痴を聞かされたクロフォード殿下からの又聞きである。
正直アルスト様ではなく私を選んでくれたということを聞いて、内心嬉しかったし、涙が溢れた。
てっきり親友のためだけに奔走しているのとばかりと思っていて、アルスト様に嫉妬していたこともあったからだ。
たとえ私が平民に落とされても付いて来てくれる、そんな覚悟でカイルが動いてくれていたとは、さすがに思ってもいなかったのだ。




