第22章 意外な話
ロンバード子爵夫人の死が単なる事故死などではなく、もし違法麻薬や魅了魔術のせいだったとしたら、その後も似たような被害者が出ていたはずだ。特に自分達が疑っている者達の周辺の過去を遡って調べ直すべきだろう。
彼らが犯罪者としたら、このまま放置してしまうとますます多くの被害者を出てしまうだろう。それをどうにかして防がなければないと私は思った。
ディアナ嬢と逢ったその翌日、第三騎士団長のビクター=マッケイン伯爵が、第二王子の執務室にやって来た。
彼はクロフォードと私を見て、なぜ自分が呼ばれたのかをすぐに察したようだった。
現在行政府には宰相自らが特別チームを編成し、違法麻薬について捜査している。そのことを耳にして疑問に思っていたらしい。本来なら麻薬及び密売取引取締官が動く案件なのに、なぜわざわざ新たに別の部署を立ち上げる必要があるのかと。
しかし単なる違法麻薬だけでも国を揺るがす問題なのに、魅了魔術まで絡んでいたのでは、たしかに国家の存亡に関わる重大案件だ。最初に私が大まかな事情説明をすると、ようやくマッケイン伯爵も納得したように思えた。
しかも今は亡きロンバード子爵夫人の事故当時のことを覚えているかと尋ねたことで、なぜ自分が呼び出されたのかを彼は完全に理解したようだった。
ビクター=マッケイン伯爵はロンバード子爵とは学園の同級生だったそうだ。
しかし入学当時はそれほど親しくはなかったという。片や武闘派で硬派の美丈夫、もう片方は絶世の麗しき美男子となれば、接点の持ちようがなかっただろう。
しかし、二人はともに成績優秀者で、様々な行事で一緒に役員などをしているうち会話をするようになり、互いに見かけとは違う内面がわかって親しくなっていったという。
その二人の友人関係は、ニコラスがレイクレス伯爵令嬢家のマデリーンと恋人関係となっても変わらなかった。
ただし、正直なことを言うと、ビクターはマデリーンのことをあまり好きではなかった。彼女はニコラスに対する束縛がかなり酷かったからだ。
ニコラスは下位貴族の令息だったが、まるでどこかの王子様ではないかと思うほど眉目秀麗で、身のこなしも優雅だった。そのために異常なまでに女性に人気があった。そのため、マデリーンが彼に言い寄ろうとする女性を牽制すること自体はまだ理解ができた。
しかし自分を含めた男の友人達との接触を邪魔するようなことをする理由がわからなかった。
彼を孤立させてどうする気なのだろう。彼はいずれ子爵家を継ぐ人間なんだぞ。
それに、その容姿のために嫉妬をされて同性の友人があまり多くなかったニコラスは、男の友人をとても大切に思っていた。それなのになぜ嫌がらせのように邪魔をするのかと。
だから最高の恋人達と称されていたニコラスとマデリーンが、卒業間近になって彼女の父親によって引き裂かれたとき、不謹慎かとは思ったが友人のためにはこれで良かったのではないか、とまで思ったそうだ。
学園卒業後、ビクターは騎士団へ、そしてニコラスは裁判所の職員として勤め始めた。仕事に接点はなく勤務形態も違うため、ビクターは傷心の友人のことを心配しながらもニコラスにはなかなか会えずにいた。
そして半年が過ぎたころ、彼は共通の友人からニコラスが婚約したことを知らされた。
「どんな相手なんだ?」
「なんでも南の国境付近で大農園を経営している裕福な男爵家の末娘らしいよ。
いわゆる政略結婚だろう。あいつの家は旧家で王都に広大な土地もっているが、祖父の代からの借金で首が回らないからな。
先祖代々の土地を少しずつ切り売りしながらしのいできたけれど、そろそろ限界になってきたみたいだし」
「マイク、よく人様の家の懐具合を知っているな」
「父親同士が学園の同級生なんだよ。そして今は愚痴仲間ってやつ?
このまま土地を細かく切り売りするくらいなら全て手放して、土地を有効活用してもらった方が先祖に顔が立つ。このまま子供達に負の遺産を背負わすくらいなら、借金をチャラにして、平民として一からやり直そう、と考えるまで追い込まれていたとき、ジルスチュワー侯爵からこの縁談を持ち込まれたらしいぞ。
相手は王都近郊に農園を作るために広い土地を探していたらしい。それを耳にした侯爵家が、王都の一等地に纒まった土地を持っているロンバード子爵家の事を思い出したという。しかもその子爵家が長年借金に苦しんでいるということも。
それで男爵側に援助をしてくれれば代わりに土地を無利子で貸与するという案を持ち掛けたらしいよ。もちろん政略結婚前提で。
子爵家からすれば遊ばせていた土地を有効活用できて、借金返済もできる。まさしくウィン・ウィンの関係だよね」
「おい、ジルスチュワー侯爵って、マデリーン嬢の嫁ぎ先じゃないか。それって絶対に何かあるだろう。子爵に矜持はないのか?」
「背に腹は代えられないって。それにこれは酔っぱらったときについうちの父親に漏らしただけで極秘情報だ。外には出回らない」
「極秘話なんてすぐに広まるものだろう。実際親父さんはお前に話し、お前は俺に話しているんだから」
「父上は僕が普段からニコラスを心配しているから話してくれたんだ。同じ理由で君にも話した。他の人間に話すつもりはないよ。
こんな話を知ったら大喜びして吹聴する糞ヤローは多いからな」
マイクのこの言葉にビクターも同意した。嫉妬や妬みは女の専売特許ではない。むしろ男の方が醜くて浅ましい。
それにしても好きな女性と引き離された挙げ句に、別れた恋人の婚家から女性を充てがわれるなんて、どんなにか悔しい想いをしていることだろう。そう心配したビクターは無理矢理に時間を作ってニコラスに会いに行ったそうだ。
ところが彼と会ってビクターはびっくりしたという。思っていたよりニコラスは落ち込んではいなかったのだ。いや、むしろとても元気で幸せそうだった。
もちろんそれは良いことなのだが、驚くことに彼は開口一番こう言ったのだそうだ。
「私は今、生まれてきてから一番幸せだ。
婚約者になった子はナタリーというのだが、素直で素朴で優しくてすごくかわいいんだ。
その上南の国の学校を飛び級で卒業したくらい優秀でね、本当に私にはもったいないくらい素晴らしい女性なんだ」
( えっ? それって元の恋人とは真逆なタイプじゃないか? それって失恋の反動か?)
「前の彼女は綺麗な人だったけれど、まともに本も読んだことがないご令嬢だったから、話がつまらなかったんだ。いつも美容とファッションの話ばっかりで中身がないっていうか。
それに比べるとナタリー嬢は博識で話題が豊富で楽しいんだ」
「でも、お前はつい半年前まで彼女に夢中だったじゃないか」
「うん、そうなんだけれど、今思い出すと彼女のどこが好きだったのかさっぱりわからないんだよね。元々好みのタイプじゃなかったし」
不思議そう言うニコラスにビクターは心底驚いたという。
その話を聞いて私とクロフォードは思わず顔を見合わせて呟いた。
「「魅了魔術か?」」
するとそれが聞こえたのか、ビクターはガクリと肩を落として両手で頭を抱えた。
そして呻くようにこう言ったのだ。
「やっぱりそうだったのか!」
と。




