第23章 子爵と子供達
「何度忠告しても助言しても態度を改めないあいつに、腹を立てながらもこれはおかしいとずっと思っていたんだ。
そう、尋常じゃないって思いながら、結局駄目なやつだと切り捨ててしまった。
あいつは時々正常に戻って苦しんでいたのに。愛する妻に酷いことをしてしまったと。
魅了魔術なんておとぎ話かと思っていたから、それを疑いもしなかった……」
「仕方無いことですよ。誰も気付けなかったのですから。貴方は何も悪くない。
ただロンバード子爵と結婚後も付き合いがあったのなら、なぜフローディア嬢のことを放置していたのですか?」
マッケイン伯爵は評判通りに人情味と正義感のある立派な人物だと思った。それなのにディアナの境遇をそのまま放置していたことが不思議だった。
すると、彼は質問の意味がわからないという顔をした。
「放置? たしかに我が子を妻の実家に預けたのは褒められたことではなかったが、まだ幼かったあの子のためには、裕福で愛情たっぷりの男爵家で暮らした方がいいと判断したと聞いたよ。
ニコラスは好き好んでフローディア嬢を手放したわけじゃない。
彼は三人の子供の中でもあの子を一番愛し可愛がっていたのだから」
再び私はクロフォードと顔を見合わせた。親友にさえ嘘をつき騙していたのかと納得。
「伯爵、フローディア嬢は母方の実家に預けられてなどいません。確かに男爵家からその申し出はあったそうですが、子爵はそれを拒否して手元に残したのです」
「そんなはずはない。私は何度もあの家を訪れている。あそこには長男と長女しかいない」
「でも、もう一人、屋敷の中に子供がいたでしょう?」
私がそう言うと、彼はハッとして目を見開いた。
「まさかあの庭師とメイドの娘か?」
私達が頷くと、伯爵は顔を歪め、深いため息をついた。
「そうだったのですか。正直信じられなかったのです。妻によく似ていると末の娘を溺愛していた彼が、手放すなんて。
いずれ呼び戻すつもりだからと、病弱で部屋から出られない設定にしてあると言っていましたが、そっちの方がむしろ本当だったのか。
妻を亡くしてからの彼の傷心振りには、見ているこちらの方が辛くなるほどだったので、愛娘までいなくなったらどうなるのかと心配していたのですよ。
だからその後彼が立ち直ったように見えたので安心していたのですが、そういうことだったのですね」
「貴方の目からは、子爵はフローディア嬢を愛していたと見えたのですね?」
「もちろんです。でもなぜそんなことをお聞きになるのですか?」
私の問に彼は不思議そうに質問してきた。
だから、フローディア嬢は父親からは相手にされていない、どうでもいい存在だと思われている、という認識みたいですよ、と告げた。
すると彼は喫驚した。
「彼は三人の子供達をみな愛していました。
しかし実のところニコラスは、自分の顔が嫌いだったのです。だから、自分に瓜二つの顔をした上の二人を苦手にしていました。
しかも彼らはその美しく愛らしい顔立ちのせいでみんなにチヤホヤされて、実の母を蔑むような目で見ることがあったので、正直二人には苛立ちを覚えていたようでした。
ところが末の子が生まれた時は夫人に似ていたので、ニコラスはもう大喜びでしたよ。妻に瓜二つでかわいいと。きっと心優しくて頭の良い子になるに違いないってね。
まあ、だからと言って彼が子供たちを差別することはなかったですが、敏感だった長男のフィリップはそのことに何となく気付いていたようで、末の妹を邪険にしているところを何度か見たことがあります。
おそらく嫉妬をしていたのでしょう。あの子は父親が大好きで尊敬していましたからね。
彼が末娘をメイドの振りをさせて表に出さなかったというのなら、それは金銭的なことが理由ではなくて、ジルスチュワー侯爵夫人から目を逸らさせるためだったのではないですかね」
第三騎士団長が執務室から出て行った後、私は大きく息を吐き出した。
やはり物事は多角的な視点から判断しないと見誤ると実感した。一人の人物に対する認識が、人によってまさかこれほど違うなんて。
これまでディアナから聞かされてきた父親像と、彼の親友のビクター=マッケイン伯爵から聞いたニコラス=ロンバード子爵の人となりは全く違った。いや違うというより正反対だ。
そして客観的な視点からの伯爵の話の方が、やはり真実味があった。
「伯爵の話を信じるならば、つまり、あの悲恋の伝説は正にデタラメで、偽りだったということか?」
「そうみたいですね。つまり貴方の兄上の場合と同じみたいですよ。
『今思い出すと彼女のどこが好きだったのかさっぱりわからない』
ロンバード子爵はそう言ったそうですが、たしかアルスト様、いえマクロミル伯爵も同じことをおっしゃっていましたよね、現夫人のことを」
「ああ、それを聞いたとき、何をふざけているのだとみんな怒りを増幅させたんだ。俺もそうだった。
しかし、それが魅了の力によるものだったのなら、兄上は嘘偽りのない本心を言っただけだったのだろう。
そうだよな。あんなに真面目兄上が、浮気をした挙げ句にそんな責任逃れのような台詞を吐くわけがなかったよな。
ルシアン、お前の言っていた通りだった。
何故俺は兄上を信じてやれなかったのだろう。これは何か変だ。誰かに嵌められたかも知れないと、なぜ疑わなかったのだろう。
実の弟なのに……」
クロフォードは先ほどのマッケイン伯爵同様に頭を抱えた。体が小刻みに震えていた。
私は柄にもなく彼を強く抱き締めて言った。
「弟だからだよ。兄君を愛して尊敬していたからこそ、貴方は裏切られた気がして許せなかったんだ。
私が母や伯父や従妹をすぐに疑ったのは、そもそも彼らを信用していなかったからだ。
何か悪さをしているに違いないと昔から思っていた。
だからこそ客観的にあいつらを見られたんだ。
真実の愛だからと言って昔の恋人に付き纏っていたくせに、舅と平気で関係を持つような女だぞ。
子供の頃から信用なんてできなかった」
十三の時に私が療養をするために王都を離れて領地に移り住んだのは、母と祖父が行為に及んでいるところを目撃してしまったからだ。
もちろんその禁断の悍ましい場面を見てしまったショックもあったが、それだけではなく、自分がもしかしたら祖父の子かもしれないという恐怖に襲われたからだ。
私は父親似で黒髪黒い瞳だったが、それは祖父とも同じだったから。
しかし私の様子がおかしいとすぐに気付いてくれた執事(現在の執事カイル=ワーナードの祖父)に、悩みを全て吐かされた。
その結果、どうやら自分は本当に父親の子に間違いがない、ということがわかった。
私が生まれる一年以上前から、当時外務大臣だった祖父は、王弟殿下とともに外遊をしていて、この国にはいなかったからだ。
とりあえずそのことには安堵したが、二人に対する嫌悪感でメンタルがボロボロになってしまい、私は療養が必要になったというわけだ。
あのいかれた女とエロジジイの顔も見たくなかったし。
「そういや、ロンバード子爵にナンシー夫人との縁談を持ってきたのは前ジルスチュワート侯爵だと言っていたな。それってまさか……」
青い顔のままクロフォードが私の目を見つめてきたで、私は頷いた。
「前侯爵である祖父が魅了魔術や違法麻薬にまで関係していたかどうかはわからない。
しかし祖父が外務大臣をしていたことを考えると、関係があったと考えてもおかしくないと思う。
祖父が母をどの時点で自分のものにしようと考えたのかはわからないが、どちらにせよ父方の祖父と母方の祖父の間で何かしら密約なるものはあったのだとは思う。表向きの契約以外にも。
第三騎士団長から両親の結婚した経緯を知ることができて、ようやくこれまで疑問に思ってきた様々なピースが繋がってきた気がする」
私の言葉にクロフォードは大きく頷いた。そしてこう呟いた。
「それにしても、魅了魔術もどきが、二十年以上も前から使われていたとは思いもしていなかったよ」
全くその通りだと私も思ったのだった。




