第24章 母の部屋 (ディアナ視点)
今日、早速姉の元にマナー教師がやって来た。
きっちりとしたシニョンヘアに上品そうな化粧を施し、スッキリしたシャツブラウスにタイトスカートを身にまとった若い女性がそこにいた。その姿は、とても好感が持てた。
さすがは侯爵夫人の推薦の教師だ。下位貴族の家に来るなどと本来不本意だろうに、不愉快な顔さえ見せない。
さすがだわ。
まあ、私のことは見習いメイドだと最初に自己紹介しておいたし、関係のない者にまで口出しはしてこないだろう。
とりあえず、姉のお供で通っていたマナー教室で教わった通りに、お茶を出してからすぐに引っ込んだ。
レッスン時間は三時間で、間に一回お茶休憩が入るらしいので、それまでは私が関わることはなさそうだ。
私は姉の部屋から出ると急いで庭に出て、例の鍵で母の部屋へ入った。
いつもなら窓を開けて空気の入れ替えをして掃除をするところだが、今日はそうはいかない。姉が家にいるのだから。
とにかくさっさとこの部屋の中を調べてみないと。
母の死後何度もこの部屋に入ったが、表面を掃除していただけで、物をいじったことはなかった。
だから少しドキドキしながら、クローゼットやチェスト、そしてドレッサーの全ての引き出し中を隅々まで探った。
その結果、怪しいと思った品五点と、なんと母の日記帳まで見つけてしまった。
母が亡くなった後、父や姉が必死に探していたけれど結局見つからなかったのだ。それなのに、なんとチェストの一番下の引き出しの奥が二重底になっていて、その中に隠してあったのを見つけてしまった。
読みたい。けれど父に隠したまま先に読むのはまずいだろう、などと悩んでいたら、ガチャガチャと部屋のドアノブを回す音がして心臓が止まるかと思った。
父が城から戻ってきたのかしら。
私は慌てて日記を持っていた布製の手提げ袋に入れると、ベッドの下に隠れた。
するとドアの向こうから聞こえてきたのは、兄フィリップとレイクレス伯爵令嬢のキンバリーの声だった。
どうしてお兄様がいるの? 仕事に出かけたのではないの?
「僕の部屋はもっと奥です。そこは母の部屋です」
「まあ、亡くなられたお母様のお部屋ですか。ぜひとも中を拝見させていただきたいわ。貴方と結婚したら、いずれここが私の部屋になるのですよね?
でも鍵がかかっているのですね」
「貴女の部屋はこことは別になるでしょう。もっと良い部屋がありますから。
ここは父にとって特別の部屋なので、誰一人中へは入れません」
「まあ。子爵様は亡くなった奥様をずっと愛し続けていらっしゃるのね。素敵だわ」
「それはどうでしょうか。愛しているというより罪滅ぼしではないでしょうか。
貴女も僕の両親のことはご存知でしょう?」
「ええ。それは」
「この部屋は呪われています。僕とシャーロットはここに入ると気分が悪くなるのですよ。
フローディアは平気な顔をしているというのに」
「フローディア様は病弱でいらっしゃるのに?」
「ええそうです。下の妹は母親のことが大好きでしたからね。
この部屋は生前母に対して冷たかった人間のことを拒否するのです。
一度入室すると、父などは目も当てられないくらい衰弱しますよ。それでも懲りずに毎月のように中に入るのは懺悔のためでしょう。
おそらく貴女も拒まれますよ」
「なぜ私が? 私はあの方に何もしていませんわ」
「しかし、私の母は貴方の屋敷で亡くなった。きっと恨んでいるでしょう」
「そんな。理不尽ですわ」
「世の中というのは理不尽なものです。死後の世界ならなおさらでしょう。
ですから我々にできることは、触らぬ神に祟りなしですよ。
さあ、行きましょう。私は体調不良で早退してきたのですから。
貴女も私を心配してここまで送ってくださったのでしょう?」
二人の話から、キンバリー様が父親に呼ばれて登城した際に、体調不良で帰宅しようとしていた兄に遭遇したらしい、ということがわかった。
二人の会話を聞いていて正直なところ意外だと思った。てっきり彼女の方が主導権を握っているのかと思っていたので。
しかし、そんなのん気なことを言っている場合ではなかった。
キンバリー嬢が来たということは、もしかしたら私を見舞いたいと言い出すかもしれない。
私は母の持ち物としては不似合いで怪しげな品物と、母の日記帳の入った手提げカバンをしっかりと胸に抱いて、周りの気配に注意しながら母の部屋から退出した。
そして裏庭に回って厨房の中に入った。
レンネさんの姿はなかった。おそらくキンバリー様の接待をしているのだろう。
私はパントリーの床下の板を持ち上げ、そこに収納している小麦粉の袋の奥底に布製カバンを隠した。
それから急いで自室に戻った。
私はすばやく寝間着に着替えた。それから病人メイクをしたうえで、無理のない程度に薄いそばかすと黒い黒子を顔に書き入れた。
そしてナイトキャップを被り、私は布団の中に潜ると、緊張しながら布団の中で様子を窺った。すると、部屋のドアがノックされた。
「フローディアお嬢様、起きていらっしゃいますか?」
レンネさんの声が聞こえた。
本当は寝た振りをしたかったけれど、どうせいつかは顔合わせをしなければならない。嫌なことを持ち越しても状況は変わらない。
しかたない。一つこちらから先手を打って挑発して事を進めてみようと、なぜか思ってしまった。
「はい。なんですか?」
「キンバリー様がお見舞いをしたいとおっしゃっているのですが、よろしいですか?」
「はい」
と私が返事をするとドアが開いて、キンバリー様が作り笑顔で部屋に入ってきた。
しかし彼女は私の顔を見て凍りついた。兄からは似ていないとは聞いてはいただろうが、これほどまで醜女だとは思っていなかったのだろう。
彼女が耽美主義者だということはもちろん知っている。だからこそ彼女の本性を知るために、わざとこんなメイクをしたのだ。
「体調はいかがかしら」
「お陰様で今日はいつもより大分良いようです。しかし寝たままのご挨拶となり申し訳ありません。
私はロンバード子爵家の次女のフローディアと申します。
キンバリー様のことは兄と姉からお話をよく伺っています。私とも仲良くしていただけると嬉しいです」
「ええ、もちろんですわ。これからもよろしくね」
「それにしても本当にキンバリー様はお美しいですね。お兄様達から聞いていたとおりですわ。
私はキンバリー様に早くお会いしたかったのですが、お兄様達が会わせてくださらなくて。
こんな綺麗な方とこれからはずっと一緒に暮らせるなんて、私はなんて幸せ者なのでしょう」
「ずっと?」
「はい、ずっとです。幼いころは元気だったのに、母が亡くなってすぐ病気に罹ってから、私は長いこと体調が良くないのです。
こんな半分寝たきりの状態では、だれもお嫁さんにはもらってくれないでしょう?
ですから私はずっとここでお兄様やお義姉様と暮らす予定なのです。
もうキンバリー様をお義姉様と呼んでもかまいませんよね? 家族になるのですから。
これからどうぞよろしくお願いします」
私が満面の笑みを浮かべてそう言うと、キンバリー様が顔を引きつらせた。
そこへすかさずレンネさんが援護射撃をしてくれた。
「フローディアお嬢様、キンバリー様がお美しいだけじゃなくてお優しい方で本当に良かったですね。わざわざお見舞いに来てくださるなんて。
先行きのことはもう、何も心配はいらないですね。
これからはお二人の結婚式に、たとえ車椅子でも出席できるように、少しでもお元気にならないといけませんね」
「ええ、本当に。お兄様達の結婚式に出るのが楽しみだわ」
私が幸せそうな顔をしてそう呟いた途端に、キンバリー様は顔を背けた。そしてこう言った。
「突然前触れもなくお邪魔して申し訳ありませんでした。
お疲れになられると悪いので、これでお暇させてもらいますわ」
「あら、今日は大部調子が良いのでまだ大丈夫ですわ。これからの明るい未来について、もっとたくさんお話がしたいです」
甘えるような声を出しながら追い打ちをかけた。
耽美主義者で完璧主義でもあるキンバリー様に、私が関わる未来を見せてあげた。
現世の最高峰の美貌と称えられる新郎新婦。そして彼らの横に並ぶ新郎の父親と妹。それなりに美しい新婦の両親に兄弟、そしてその背後には未だに衰えない美貌の叔母と従兄。
完璧な一族……のはずなのに、そこにはなぜか車椅子に乗った醜女がいる。
あれは誰? 身内の席にいるのだから親族だよな。しかし見たことがないぞ!ってね。
(豪華で完璧な絵画になるはずなのに、そこに醜いシミがついてしまう。あり得ないわ。それだけで価値がマイナスになってしまう。
しかも私が主役のはずなのに、皆の注目が別の者に行ってしまう。しかも悪い意味で。
許せないわ、そんなこと!)
おそらくキンバリー様はこんなことを想像したことだろう。
無意識だろうが淑女の仮面が剥がれて、一瞬呪い殺そうとするかのような険しい目で私を見たもの。
それでも引きつりながら再び笑顔を貼り付けて、彼女は部屋を出ていった。
「今度は素敵な贈り物を持ってお見舞いにきますわ」
と言って。
素敵な贈り物とは一体何かしら?
レイクレス伯爵家で取り扱っている特殊な化粧品かしら? お母様にも贈ってくださった、肌色を元気そうに見せるというファンデーション?
彼女が兄との別れを選ぶのか、それとも邪魔なものを排除するように動くのか? 九割方後者だろうな、私はそう思った。




