第20章 母親の死の疑惑(ディアナ視線)
その後私自身も、父が本当に母を愛していたかどうかは別にしても、意図的に母を殺そうとしたとは思えなくなっていた。
なにせ母の死後、父には良いことなんて何もなかったのだから。
母の死後、我が家の農園を運営できる者がいなくなった。その上、母の実家の援助がなくなったことも相まって、貧困ほどではないが全くゆとりのない生活になってしまっ
たからだ。
まあ、借金の返済がすでに終わっていたことだけは幸いだったけれど。
農夫だけでなく使用人も一人辞め二人辞め、とうとうランディーさんとレンネさんの二人になった。しかも二人は私のために残ってくれただけだ。
というのも母の死後、母方の祖父母が養子として私を引取ろうとしてくれたのだ。私が父親や兄達から邪険にされていたことを知っていたからだ。しかし、父は断固として私を手放そうとはしなかった。だから、ランディーさん夫婦は私のためだけにここに残ってくれたのだ。
ところがそこまでして私を引き留めたというのに、兄や姉の教育費だけで精一杯だった父は、結局私を放置したのだ。一体何を考えているのか。
そんなこんなで、私は母の死後、あまり良くない環境に身を置いているのだ。それなのに父は、三人の子を持つ男やもめという悲壮感を背中にしょって、以前にも増して女性にもてている。腹が立つわ。
もっとも火遊び目的の女性には全く関心がないらしく、相手にはしていないかっみたいだ。母の死後毎日飲み潰れて帰って来た頃も男友達に送ってもらっていたくらいだから。
まあそれは、父には長年の想い人がいたからだろう。本当のところはわからないけれど、やはり運命の人に一途なのだろう。
もっともその割には、実際にそのお相手が我が家を訪れたのが、この前初めてだったのが意外だと言えば意外だけれど。
私がそう見解を述べると、ルシアン様はうーんと難しそうな顔をしていた。そして少し考え込んだ後でこう言った。
「たしかに君の話を聞く限り、ロンバード子爵は直接には手を出してはいないのだろう。
しかし、夫人の死には些か疑問が残る。私の母とレイクレス伯爵家が関わっていたとしたらなおさらだ。
まだ詳しくは言えないのだが、母と伯父には色々と疑惑があるんだ。
だからこそ、私と君の姉上、私の従妹と君の兄上の結婚は阻止したいと思う。君も協力してくれないだろうか」
「ルシアン様が姉のことを嫌だというのならもちろん協力します」
ルシアン様とお姉様を結婚させるなんて絶対に嫌だ。だから即答した。
しかしそれは同時に、自分もルシアン様には相応しくないということなのだ。
胸が苦しい。こんな運命にした父が憎い。
そう。これまで嫌いとか恨めしいとか散々思ったけれど、憎いと思ったことはなかったのに。
しかし、それと同時に私は気付いてしまった。父もまた家のために、家格違いのために無理矢理に好きな人と引き裂かれたのだということに。その苦しみは今の自分と同じなのではないかと。
こんなことに気付かなければよかった。そうすれば全てを父のせいにして悪者にできたのに。
そんなことを悶々と考え込んでいた私がふと視線を感じて顔を上げると、ルシアン様も切なそうな顔をしていることに気付いてハッとした。
さっきの私の言い方だと、ルシアン様が望めば姉との仲を容認するとも受け取られかねなかったからだ。
でも現状ではそう答えるしかなかったのだけれど。だから言葉にはできないけれど、彼と同じような切ない目で見つめ返した私だった。
「そういえば、この前はポプリをありがとう。とても助かったよ。あれがなかったらクローゼットに隠れているのがばれたと思うよ。
それにしても、あの応接室は紅茶やハーブティーの匂いを楽しむために、人工的な匂いや、強い香りの花を除いていただろう?
それなのにあの二人ときたら、そのおもてなしをみごとにぶち壊したよな。
ローズの香りに似てはいたが、やたら人工的なむせるような甘さで気分が悪くなった」
ルシアン様の言葉に私も同意するように頷いた。
「たしかにそんな匂いでした。香りというより。
でも私以外の家族は誰も気付かなかったのに、あんな離れた場所にいたのによく気付かれましたね。驚きました。ルシアン様は本当に嗅覚に優れているのですね。
でも私は昔、あれを何処かで嗅いだことがあるような気がします」
私がそう言うと、ルシアン様は身を乗り出した。元々隣に座っていたのに顔がさらに近付いた。
「それ、いつどこで嗅いたか覚えている?」
「大分前です。子供の頃だったと思うのですが、はっきりとは思い出せません」
「そうか。でも、それが母上のご存命の頃か、その後なのか、それもわからないかな?」
「えっ? それはどういう意味でしょう?
ん? お母様……? あーっ!」
母の生死に関わる言葉……それがキーポイントになった。
そうだわ。あの人工的な匂いは亡くなった母の体から漂っていた。
母はナチュラリストで人工的なものを好まなかった。そのために香り付けは全て天然ハーブから精製されたものだけだった。
だから自ら好んであんな人工的なにおいを体に付けていたはずがない。そう、だからこそ当時の私は母の事故死に疑問を抱いたのだ。
私がそう説明すると、ルシアン様はやはりという顔をして、辛いことを思い出させてごめんね、と言った。そしてその後で色々と参考になった。ありがとう、と礼を言ったのだった。
私の話のどのあたりが参考になったのかはよくわからなかったが、少しでも役に立てたとしたら嬉しいと思った。
その後間もなくしてお昼になったので、私はお湯を沸かして、備え付けられていたカップにカモミールティーを注いだ。
それから持参したバスケットの中から二人分のサンドイッチとイチゴを取り出して、初めて二人で昼食を摂ったのだった。




