ep.33 【炎怒】フレム=シーラ
剣を引き抜き、魔族と対峙する。
胸の奥でざわめくのは恐怖か、それとも昂ぶりか。──いや、今の俺は確かに自信に溢れていた。あのジルベルトを倒せたからだ。
圧倒的なまでの差があった存在を、かつて無能と蔑まれた俺が打ち倒した。その事実がある。
もう、あの頃の無力な俺じゃない。
クルエラの反射速度と回復能力。リノの膂力と龍殻。そして、多分だけどヴェルの力だって僅かながら宿っているはずだ。
今まで積み上げてきた経験と、スキルによる力の強化。【武闘王】を倒したという事実とそれによる自信がある。だったら──目の前の魔族だって、俺ひとりで倒せるはずだ。
「はんっ、いけすかねぇ人間だなァ……!」
赤髪の魔族が燃える剣を肩に担ぎ、舌で牙を鳴らす。熱が乾いた落ち葉を舐め、ぱちぱちと音を立てた。
「かかってこいよォ!」
一歩詰めた瞬間、炎の刃が閃く。低く潜り、袈裟斬りを紙一重で外す。焼けた空気が頬を裂いた。踏み込みざま、切っ先を肋の隙間へ滑り込ませる──が、弾かれる。重い。腕にのしかかるのは熱と圧だ。
「風の弾丸!」
奴への目くらまし。圧縮した風弾が炸裂し、魔族の顎がわずかに跳ねた。隙だ。迷わない。
「水の流刃!」
掌を払う。刃のように締まった水線が細剣みたいに伸び、炎の軌跡を割る。触れた炎が鳴って、蒸気が爆ぜる。舌打ちが聞こえた。
「チッ……水かよ。めんどくせぇ!」
油断の色が、一瞬だけ瞳に浮かんだ。前へ刃を重ね、斬り上げるように重心を押す。足裏が土を踏む。利き手の脇を絞り、返す刀で首筋に狙いを移す。熱波の壁が押し返すが、水の大壁を薄く張って正面から向かい打った。
届く。いける──!
「……っら!」
金属音。火花。魔族の喉元に浅い赤が走った。ほんの紙一重、だが確かな傷だ。
「がっはっは……!」
魔族が笑う。驚きより、愉悦が勝っている顔。
「人間のくせに、力も切れも悪くねぇ。魔術も中々の威力じゃねぇか」
刃が光る。熱が一段と濃くなる。赤い瞳が形を変えて、獲物を見る目になった。
「だがなァ、調子に乗ってんじゃねぇよ!」
叩き込まれる横薙ぎの一閃。受け流し、半歩外へ。間髪入れず風の弾丸で目くらまし。斜め下からの突きを瞬時に合わせていく。感触が軽い。だが確かに通っている。押し切れる。呼吸を合わせ、視線でフェイント、足でリズムを狂わせる。低位魔術は全部、剣の線に沿わせる。やれる。押せる。押してる……!
「……おらぁぁ!」
首に一閃。決めにいく。刃が喉元を薙ぐ軌跡に乗った、その瞬間だった。
「来い、フレム=シーラ!」
低く呟いた魔族の前で、炎が爆ぜた。青白い灯が生まれ、めらめらと人型を縁取る。子どもくらいの背丈か。目の代わりにある空洞は、まるでこちらを見ているようだった。音も匂いも、ただ“燃える”という事実だけに置き換えられたような存在。
刃が、奴の首を裂く──はずだった。
切っ先が熱に溶け、半身の刃が空を切る。
「……は?」
耳の奥で遅れて爆ぜる音。視界が白に塗り潰された。皮膚が剥がれる。いや、焼け落ちる。呼吸をした瞬間、肺の内側が燃えた。龍殼が鈍く鳴り、表皮を覆うはずの光の龍鱗がひび割れていく感覚が走る。間に合わない。青白い炎が眼前に迫り、全身を貫く。
「……ぁ……!」
声にならない。膝が落ちる。視界の端で、魔族が退屈そうに欠伸をした。
「どうしたァ。もう終わりか?いきがってた割に大したことねぇじゃねぇか!」
「……く……ぁ……」
喉が焼けて声が出ない。青白い影が首をかしげる。無言のまま、掌をこちらへ向けた。火が花みたいに開き、世界がまた白くなる。
……ああ、俺死ぬのかな。
魔族の声が遠い。
「やれ、フレム=シーラ!」
音が切れ、匂いが消え、光が遠のく。最後に見えたのは、青白い炎の影と、燃える赤い線だけだった。
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