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冬の煮付けね、春の煮こごりさ②

 と言うわけで、狭いながらも楽しい我が家に、五百年前のお姫様を連れてきた。虎ちゃんは部屋の明るさに、びっくりすることしきりである。


「どこも明るうござるなちかげどの!?」

「いや、そんなきょろきょろしなくていいから」


 そう言えば、刀を提げて家に上がってくる人は初めてだ。

 刀架けなどもちろんないので、預かった刀は、人があまり寄らない仏壇の方へ持っていく。長いのも短いのも、多分これ一本、数百万円である。


「いや、ちかげどの。お気になさらず。気になるようなら、寝かせておきます」


 畳に名刀を放置する戦国姫は、屈託ない。


「それより早く鯛をば」

 そう言えばと思ったが、生の真鯛を食べる機会の少ない虎ちゃんは、ちょっと興奮しているのだろう。

「じゃあ、まずは、鯛のお刺身にしようか」


 と、初々しい白身魚の切り身を、皿に載せて出す。白桃の果肉のようにうっすら透き通って、ほんのり血合いをまとった鯛のお刺身は、それだけで尊い。


 まずは山葵醤油をほんのりまとわせて食べる。虎ちゃんくらいまでの時代では、酢味噌やお塩をつけて食べたはずだ。


「これは美味しい。生の鯛など、いつぶりでござろうか。それにこの醤油と申すもの、味噌から作るものとは信じられぬほど味が違いますな」

「まあ抽出液だから。お味噌とは、お酒と焼酎みたいな関係だよね」

「山葵と言う薬味も、口にするのは初めてです。むっ、これは強烈でござるな」

「つけるのは少しだけにしなよ」


 虎ちゃんの時代の味つけに『辛い』はほぼない。しょっぱいか、酸っぱいだけだ。


 唐辛子などは室町時代に朝鮮から入ってきているが、まずは食用ではなかったそうな。足袋の中敷きになどして、足を暖めたりする防寒グッズであった。


 それにしても鯛は噛めば噛むほど味が出る白身魚だから、山葵も醤油も少し過剰なのだ。本来、塩だけでも美味しいし、他にも色んな食べ方が考案されている。


「『煎り酒』で食べるのも美味しいよ」


 と、わたしは虎ちゃんに作り置きを持ってきてあげる。


 これは日本酒を使った調味料だ。塩と梅干し、そして鰹節を入れて日本酒を煮きって作る。醤油やみりんの原型になったものだ。


 虎ちゃんの時代にはもうあったようだが、日本酒自体が貴重だったので、一般に流布するようになったのは江戸以降と言った感じだろう。


 お酒を煮詰めるのでもちろん色は醤油みたいに黒くない。そして、塩気に酒の旨味や梅の風味、出汁が染みて美味しい。


「これはいい!」

 虎ちゃんは、一発で気に入ったようだ。

「わたしは、醤油よりこちらの方が好きです。今度、黒姫に作らせよう。刺身はこれに限ります」

「気に入ってもらえて良かったよ。じゃ、後は冷酒だね」


 せっかくだから、新潟酒にする。

八海山(はっかいさん)』の呑みきりボトルが冷やしてあるのだ。口開けはひとまず、これでいいだろう。


 虎ちゃんの地元から来たこのお酒は、ふくよかで、米の味が豊かだ。甘ったるくなく、包容力のある味わいは、やはり塩辛いものに合う。


「煎り酒で食べて、さらに冷酒を飲むとより鯛の味がわかってきたでしょう」

「ちかげどの、何故それを?」

 虎ちゃんの顔にそう、書いてあるのだ。


 古来から日本人が尊ぶわけがよく分かる。コリコリの食感や、淑やかな舌触りを楽しんでいると、奥からじわりと、魚の旨味が染み出してくる。


 お刺身よし、漬けてよし、焼いてよし、煮てよし。これが鯛なのだ。


「さあお刺身やったら、次はどうしようかな?」


 まだまだ虎ちゃんとの鯛尽くし呑みは終わらない。







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