ぱらぱらドリーム017(了)
オチ、あるいは蛇足。
縒木は僕の服をぐちゃぐちゃにしながら一頻り泣いて、憑き物が落ちたような顔になる。金髪には似合わない、黒縁のメガネをかけ直して、それでもこのアンバランスさが、今の彼女だった。
気づけば、校舎の窓の外はほんの少しだけ青かった。
月明かりだけだった廊下へ、薄く白んだ光が混ざり始める。
「ねぇ、屋上行ってみようよ」
「さすがに閉まってるだろ」
「それでもいいの、今はちゃんとしてない思い出が、もっと欲しい。付き合ってくれるでしょ」
そんな言い方をされちゃ、断れるわけがなかった。
ふたりで階段を登っていく。もう、手を握る必要はなかった。今日感じていた危うさはそこには無かった。
ゴールデンウィーク4日目、未明。
ガチャリ。
扉が開く。都合良く、屋上への扉は鍵をかけ忘れられていた。
「ラッキー、開いてたじゃん」
遠くで、新聞配達のバイクの音がした。
冷めた空気が、入れ替わっていくように流れる。
肩の荷がおりたみたいに、彼女は軽い足取りで進む。
くるり、と一回転する。
朝焼けの屋上で揺れる金髪は、新しい服を買ってもらった子供みたいに浮かれて見えて。
それでいて、どこか安心したようにも見えた。
朝日が昇っていく。
夜のあいだ曖昧だった世界が、少しずつ輪郭を取り戻していく。
「実はさ」
朝日を眺めながら、縒木は失敗話を聞いてほしいみたいに、語り始めた。
「お姉ちゃんがいるんだよ。1個うえに。私よりずっと優秀な人」
「お前より優秀って、あんまり想像できないな」
「ありがと、でもお姉ちゃんは日下部君みたいなタイプ。あんまりやらなくても出来ちゃう。それでいて、私と一緒にずっと努力してたんだよね。だから、模試なんかはこの学校じゃ誰にも負けなかった。お母さんの、いや私の誇りだったよ」
「でも、」
「お姉ちゃんさ、そんなに優秀だったのに。半年前に駆け落ちしちゃったんだよね。私とお母さんを置いて、置き手紙だけ残して遠くに行っちゃった」
「私はさ、多分羨ましかったんだよ。何もかも上手くできて、それでいて全部投げ出してしまえるお姉ちゃんが」
「私も全部投げ出したかった。でも、全部投げ出したかったけど、お母さんも大事にしたかった。優等生でもあり続けたかった。そうやって、欲張ろうとしたらパンクしちゃった」
少しだけ、彼女の痛みがわかったような気がした。
「これから、どうするんだ」
「どうもしないよ」
「今まで通り、私は優等生で居たい。ちゃんとしてることは嫌いじゃないしね」
「でも、」
「ちゃんと、羽を伸ばす時間を作るよ。ダメな時は立ち止まる。嫌な時は逃げる。面倒くさくなったら、その時はサボっちゃうかもしれない」
「サボりなら、得意だから手伝ってやるよ」
「××はもっと真面目になってもいいと思うけどね。でもその時は任せるよ。1人じゃないだけ、ずっと楽になるから」
風が吹く。縒木の金髪が揺れる。
彼女は朝日に目を細めながら、ゆっくり息を吸った。
もう、その呼吸は苦しそうじゃなかった。
首の痣は、最初からそんなものはなかったみたいに、綺麗に消えてしまっていた。
「……ねぇ」
「ん?」
「今日さ」
縒木が、悪戯っぽく笑う。
「このまま海とか行かない?」
「は?」
「どうせあと二日休みじゃん。もっと遊ぼうよ」
優等生らしくない提案だった。
でも、不思議とそっちの方が、今の縒木には似合っている気がした。
遠くで、電車の走る音がする。
「いいけど。お前、自分が家出中って忘れてないだろうな。気が済んだら、ちゃんと帰れよ」
「へぇ。気が済むまでは、付き合ってくれるんだ」
「そりゃぁな。他に誘う宛があるなら別にいいけど」
「うわ、意地悪」
風が吹く。黒縁のメガネを押さえながら、縒木は小さく息を吸う。
もう、その呼吸を邪魔するものはなかった。
……きっとこれから先も、
また苦しくなる日は来る。
ちゃんとしていたい日も。
全部投げ出したくなる日も。
それでも。
朝焼けの中で笑う今の彼女は、
その全部を抱えたまま、ちゃんと息をしていた。
ぱらぱらドリーム(了)




