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『残憶レプリカ:』プロットver  作者: 毎日馬鹿
参章 ぱらぱらドリーム
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ぱらぱらドリーム016

ぎち。

ぎちぎちぎち。

今まで聞いたどんな音より近く、その軋みは鳴った。縒木の身体がびくりと跳ねる。その音のなる方へ、目を剥いて首筋を凝視する。


あの痕はもう居なかった。


「っ……ぁ」


月明かりの下で、それが輪郭を持ち始める。ぼんやりと滲む黒。煙みたいに曖昧で。それでも確かに縄の形をしている。それが、縒木の首に巻きついて軋んでいた。


ぎり。

まるで彼女の呼吸に合わせ、ソレは締め上がる。まるで息継ぎすら許さないように。


「縒木!」


嫌な汗が背中を伝った。馬鹿だってわかる。こんなに強く締めてしまえば、きっと。


縒木は掲示板へ片手をついたまま、もう片方の手で必死に喉元を掻いていた。

爪が皮膚を裂く。鉄臭い赤い線が増えていく。


手を伸ばした。でも、ソレは触れられなかった。その黒くぼやけた輪郭から、指先が沈む。嫌に冷たい冷たい感覚だけ残して、縄は煙みたいに姿を崩す。そこにあるはずなのに、掴めなかった。


「かっ……ぁ……」


空気を吸えていない。喉だけがひくついて、呼吸が途中で潰れている。顔色が、みるみる白くなっていった。指先から力が抜けていく。このまま締まれば、本当に。


本当に、死ぬ。


ぎち。

「落ち着け、深呼吸しろ!」


肩を掴む。でも、縒木は首を振った。違う。そう言いたいみたいに。


「こ……んな、の……っ」

ぎり。

「きら、い……っ」


また、締まる。その縄は喉へ更に食い込む。


このまま何も出来ないのか。嫌だ。そんなの、絶対に。受け入れられない。ダメだ。目の前で誰かが壊れていくのを、また見てるだけなんて。


無い頭を回せ。目が熱い頭が熱い。

何か、何かきっと。


「くそ……!」

縄の先へ視線を移す。

縒木は、夢で誰かに首を絞められた。と言っていた。だから、きっと誰かが引いている。

元凶が、その縄の先にあると思った。


……。

廊下には誰もいない。人影のひとつもなかった。

薄白く月明かりだけが床へ落ちている。黒い縄は、どこにも繋がっていないように見えた。


——いや。違う。

揺れる影。縒木の足元。月明かりに伸びた彼女自身の影へ、その縄は、じわりと溶け込んでこんで境は曖昧みたいに。


またじっとりとした嫌な汗。

全身を鳥肌が這っていくのが分かった。


思い返す。夢を見ている時。モールでの屋上。そして今。決まって。縒木が、“ちゃんとしていた自分”を嫌ったその時、この縄は強く彼女を傷付けた。


「……縒木」


喉が乾く。呼吸が浅くなる。言いたくなかった。でもどうしようもない確信があった。


「なぁ、縒木」

縒木が苦しそうに顔を上げる。


「お前、だったんだな」


空気が止まった気がした。


ぎち。

縄が軋む。縒木の嗚咽が漏れる。


「ちが……っ」

否定。さらに縄が締まる。


「っぁ、ぁ……!」

呼吸が潰れる。まるで、“否定すること”そのものが、縄を締めているみたいだった。


「わかった……もう、喋るな」

咄嗟に肩を抱く。でも縒木は首を振る。苦しそうに、それでも何かを拒絶するみたいに。


「こんなの、わたしじゃ……」

ぎり。喉が絞まる。


「ちが、っ……!」

月明かりの下で、黒縄がゆっくり軋む。まるで、“その言葉を待っていた”みたいに。


「もう、やめてくれ」

強く彼女を抱きしめる。頬が濡れてる。肩が震えている。黒い縄はまるで生き物みたいに脈打っていた。


「でも、私……」


「わかってる」

声を荒らげて、彼女の言葉を遮る。


「自分が嫌いなんだろ。どうしても、受け止められないんだよな。……ちゃんと、わかってる」


それでも今はもう、“違う”と言わせちゃいけない。これ以上締まればきっと、取り返しがつかなくなる。


「もう、自分を殺そうとするな」


その言葉で、彼女は決壊した。

縒木の呼吸が崩れる。黒縄が、ぎち、と軋んだ。


「だって、わたし……っ」

涙でぐしゃぐしゃのまま、縒木は喉を押さえる。


「ちゃんとしてなかったら、何も無い……」

その言葉だけが、夜の校舎へ落ちた。


返事が出来なかった。

縒木 日陰は、“ちゃんとしてる自分”でいることでしか、自分を許せなかった。だから、壊れたかった。全部、投げ出してしまいたかった。


なのに。

本当は、“ちゃんとしてる自分”が壊れていくことを怖がっていた。


だから、金髪にしても。ピアスを開けても。夜中に学校へ忍び込んでも。クラスメイトに気づかれないほど変わってしまっても。


こいつはまだ、順位表の前で立ち止まってしまう。


「……俺も、怖かったよ」

掠れた声が出た。


「お前が変わっていくの」


金髪にして。笑い方まで変わって。どうでもいいみたいな顔をして。どんどん、知らないやつになっていくみたいで。


もう戻ってこないのかと思った。


息を吸う。

「……でも、違うだろ」

縒木の肩が、小さく震える。


「テスト返却の日だけ、シャーペン噛む癖あったのも」

「二人組作れって言われるたび、困った顔してこっち見てたのも」

「眠い時だけ、急に口悪くなるのも」

「鞄ん中ぐちゃぐちゃなくせに、ノートだけ異様に綺麗なのも」


息が詰まる。


「テストの結果良かった時。机に伏したフリして、隠れてニヤニヤしてたのも。」

「褒められると、ちょっとだけ目逸らすのも」

「テスト終わった次の日だけ、気ぃ抜けて遅刻ギリギリなのも」

「ピアス開ける直前、めちゃくちゃビビってたのも」


言いながら、僕は思い出していた。教室の横顔。面倒そうな返事。不器用な愛想笑い。彼女の隣で、ずっと見てきた。


「そういうの全部含めて、お前だろ」

月明かりの下で、縒木の瞳が揺れる。


「頑張って、優等生してたお前も」

「全部投げ出そうとしてるお前も」


ぎち。

黒縄が軋む。でも今度の音は、今までと少し違った。

締め上げる音じゃない。無理やり捩じれていたものが、少しだけ緩むみたいな音だった。


縒木の呼吸が、僅かに通る。

「っ……ぁ……」

喉を押さえたまま、縒木は目を見開く。


まるで。

自分の身体が、一番その変化へ驚いているみたいに。


「……じゃ、あ……」

掠れた声。

縄が、ぎち、と揺れる。


「わた、し……」

言葉を吐く度に、少しだけ緩む。


「ちゃんとして、なくても……」

呼吸が震える。


涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、

縒木は僕を見る。


「居ていいのかな……」


「いいに、決まってる」

即答する。縒木が、小さく目を見開く。


「優等生だけが、お前じゃない。

お前は、空っぽなんかじゃない。」


「俺はさ、楽しかったよ。」


「優等生じゃないお前と、今日1日ちょっと悪い事を一緒にやって」


「気の良い奴で、冗談が通じるやつで、一緒に笑えるやつで、図太くてビビリで、普通の女の子で、ちゃんと、楽しかった。」


「縒木はつまらなかったか?」


「ちがっ……」


「そう。お前もちゃんと楽しかったんだよ。」


「優等生じゃないお前で居た時間も、お前はちゃんと楽しめてたんだよ。だから、ちゃんとしてないお前だって、空っぽなんかじゃない」


息を吸う。


「どうしても自分を好きになれないなら、お前が納得するまで話を聞いてやる。何日だって愚痴に付き合ってやる。また何回だって夜遊びに付き合ってやる」


「お前が、ちゃんとしてない自分を受け入れれるようになるまで、共犯になってやる。ちゃんとしてないお前の居場所になってやる」


「だから、片方だけ殺そうなんてするな」


喉が熱かった。


「どっちの縒木 日陰も、僕の大切な友達なんだから」


縒木の呼吸が、夜の校舎へ零れる。

ちゃんと、生きている音だった。


黒縄の輪郭が、ゆっくり薄れていく。煙が散るみたいに。月明かりへ溶けるみたいに。縒木自身の影へ、静かに還っていくみたいに。


消えた、とは少し違った。

最初から、あれは縒木の中にあったものだから。


「っ……ぅ……」

縒木の肩が震える。喉を押さえたまま、何度も浅く息を吸う。


吸って。

吐いて。

そのたびに、少しずつ呼吸を思い出していく。


泣きそうに歪んだ顔で。それでももう、さっきまでみたいに。それは“自分を嫌がる顔”じゃなかった。


ぎち。

最後の軋みは、どこか力の抜けた音だった。縒木の膝が崩れる。

慌てて支えると、彼女は僕の服を強く掴んだ。


「っ……ぅ、ぁ……」


限界だったんだと思う。張り詰めていたものが切れたみたいに。縒木は、そのまま声を上げて泣き始めた。

子供みたいに。息も出来なくなるくらい、ぐしゃぐしゃに。


それでも、縒木はちゃんと息を吸えていた。

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Twitter⇒@Alwaysfoolgirl

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