ぱらぱらドリーム014
ブランコが軋む。夜風に揺られながら、縒木は空になった缶を足元へ置いた。
「……帰る?」
聞いたのは僕だった。高校生が帰らなければいけない時間なんて、とっくに過ぎていた。家出中の女子高生を連れ回している時点で、もう言い訳なんて効かない。
でも。
「まだ、やだ」
縒木は即答した。
「なんかさ。今日だけ、もっとゆっくり進んで欲しいんだよね」
夜空を見上げたまま、縒木はぽつり。
「ずっと明日来なきゃいいのに」
そう、冗談みたいに笑う。でも、その言葉だけ妙に本気っぽく聞こえてしまった。スマホを見る。時刻は、もうすぐ十一時を回ろうとしている。
「……補導されるぞ」
「じゃあ、補導される前に避難しよう」
縒木は立ち上がる。
「ファミレス行きたい」
「……また、急だな」
「だって、もっと夜更かししたいし」
そう言って笑う。その顔が、怪異なんて関わってない、ごくごく普通の女子高生みたいに見えて。だから僕は、結局その提案を断れなかった。
「ちょっと、大人っぽい顔しろよ」
「何それ。でも今の格好ならきっと大丈夫でしょ。××こそもうちょっと少しキリッとした顔してよ」
「こう?」
「ごめん、めちゃくちゃ変」
ファミレスの前でそんな他愛もない会話をして。緊張を収めるように、出来るだけ不自然がないように僕らは入った。しかし全部杞憂で、肩透かしを食らう。一瞥だけされて、止められることなんてなかった。店員に促されるままに席へ案内される。
ファミレスのボックス席なんて、別に珍しくもないはずなのに。深夜に。家出中の女子高生と。ピアスなんて開けた後だと。
どうしても、“そういう感じ”を、僕は意識してしまった。
「全然バレなかったね」と悪そうに縒木は微笑む。
「聞こえたらどうするんだよ、要らないこと言わないでいいから」と僕は返した。
店員が去っていく。深夜のファミレスは明るかった。天井の照明も、ドリンクバーの機械音も、全部が眠気を知らないみたいに白々しく眩しかった。
「見て。ココアもある」
「混ぜるなよ」
「え、ダメ?」
「そういうのは中学生までだ」
「だってファミレスとか、家族でしか来なかったし」
そう言って縒木はドリンクバーへ向かう。金髪とピアスのせいで、制服じゃないのに妙に目立った。それでも。誰も縒木を見ていなかった。
戻ってきた縒木は、ココアとメロンソーダとオレンジジュースを並べていた。
「欲張りすぎだろ」
「ドリンクバーって、こういう事する場所じゃないの?」
「絶対違う」
笑い方が少しだけ、昼間より自然に見えた。
「……なんか変だね」
ストローを回しながら、縒木が呟く。
「何が」
「私、今までこういうとこって、嫌いだったんだよね。場所っていうか、ああいう人達」
窓の外を見る。
駐車場では、高校生くらいの集団が笑っていた。制服のまま座り込んで、どうでもいいことで大騒ぎしている。
「うるさいし」
「授業中寝るし」
「補習引っかかっても笑ってるし」
縒木はココアへ口をつける。
「なんでちゃんとしないんだろって、ずっと思ってた」
氷が鳴る。
「……でもさ。多分、羨ましかったんだよね」
言葉が上手く返せなかった。縒木は続ける。
「ほんとはさ」
縒木はメロンソーダをかき混ぜる。
「補習で騒いでる子達とか見てると、ちょっと安心してたんだよ。自分は違うって思えたから。でも今は、そっち側に行きたがってる」
小さく笑う。
「ほんと性格悪い。最低だよね」
「……別に、そんなことないだろ」
「いや、最低だよ」
縒木は首を振る。
「だって私、“ちゃんとしてない人”をずっと馬鹿にしてたから」
ストローを噛む。
「でも、自分が苦しくなったら、そっちに逃げたくなってる」
その横顔は、自嘲しているのに、どこか安心しているみたいにも見えた。
「ねぇ××」
「ん?」
「私さ。今めちゃくちゃ、“関わっちゃいけない女”っぽくない?」
「何だそれ」
「金髪で、ピアス開けて、家出して。こういうの、知らない人だったら、絶対関わってないでしょ」
「……別に」
「ガッカリした?」
言葉が少し詰まる。全くしてない訳じゃなかった。変わっていく彼女を、怖いとさえ思ってる。でも。今の縒木から目が離せないのも、本当だった。
「……してない」
縒木は少しだけ目を丸くした。
「そっか」
小さく笑う。
「優しいね」
「普通だろ」
「普通じゃないよ。普通なら、多分もっと早く、私のこと止めてる」
そう言って、縒木は自分のピアスへ触れた。銀色が、店の光を反射する。彼女は少しだけ、嬉しそうな顔をした。
「今頃さ」
ぽつりと。
「学校、どうなってるんだろ」
「どうって?」
「先生とか親とか、結構騒ぎになってるよね。クラスメイトが知ってるくらいなんだし」
「まぁ……そうだろうな」
「ふふ」
何かが馬鹿馬鹿しいみたいに、彼女は笑った。
「順位表とかさ、まだ残ってるのかな」
「……順位表? この前の模試のやつならまだあるんじゃないか。でも、それがどうしたんだよ」
胸の奥が少しだけ嫌な音を立てた。縒木はテーブルへ頬杖をついて、ぼんやり氷を眺めていた。
「私さ。まだ学校に、“ちゃんとしてる私”置いてきちゃってる気がするんだよね」
縒木は窓の外を見る。駐車場の光が、横顔を白く照らしていた。
「……ねぇ」
その声だけ、妙に小さかった。
「学校、着いてきてよ」
彼女はそう言った。
壊し損ねた自分を、ちゃんと壊しに行くみたいに。
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