ぱらぱらドリーム013
「ねぇ、ちょっと歩こうか」
行先は言わなかった。それでも、今の縒木は、立ち止まれば簡単に壊れてしまいそうで、彼女が進むままに僕は隣を歩く。まだ、彼女を繋ぎ止めておきたかった。
歩調を合わせる。指先が触れて、変に崩してしまう。
長くなった日が沈んで、景色はすっかり夜の顔をしていた。流れる風が、少しだけ冷める。
「変な感じ」
「何が?」
「いつもなら、こんな時間って、ずっと家で勉強してたから」
「後悔してる?」
「うんん、楽しい。ドキドキしてる」
「……そりゃぁ、よかった」
彼女は前を向いたまま、少しだけ速度を上げていく。生き急ぐみたいに。転げ落ちていくみたいに。
「そんな顔するなら、ちゃんと握っといてよ」
そう言って彼女は手首をこちらに差し出す。察しがいいやつだった。
「お見通しか」
「××って、すぐ変な顔するから」
今思えば。他人の顔色を読むのが上手かったのも、彼女が“ちゃんとしてる側”に居続けるために努力した結果の1つだったのかもしれない。
彼女の細い手首を再び握る。そのまま夜へ紛れてしまわないように。
小一時間ほど歩いた先で、縒木はやっと足を止めた。
「なんか飲みたくない?」
縒木がコンビニを指差す。深夜一歩手前のコンビニは、昼間より少しだけ治安が曖昧に見えた。制服のまま座り込んでる高校生。駐車場で煙草を吸う青年。
みんな少しだけ、“帰る時間”を誤魔化してるみたいに見えた。
小っ恥ずかしくなったのか、手は振りほどかれて。彼女は先に店内へと入る。蛍光灯の白さだけが、妙に眠たく店内を照らしていた。
缶コーヒーを1つ手に取って、彼女を探せば、酒類コーナー前で止まっているのが見えた。冷蔵ケースの光が、金髪をやたら白く照らしていた。
「お酒は大人になってから」
「流石に買わないよ。多分、買えないだろうけど」
「興味もないと思ってた」
「うん。正直ね、高校生でこういうの飲んでる子達、ずっと馬鹿だと思ってた」
でも、今は、ちょっとだけ羨ましい。
そう呟いた気がした。
コンビニを出る。冷房で冷えた身体へ、夜気がまとわりついた。縒木はレジ袋をぶら下げたまま、行先も決めず歩き出す。車道沿いを並んでけば、信号待ちの赤が金髪をぼんやり染めた。
「……なんかさ」
「ん?」
「まだ、帰りたくないかも」
公園を照らす街灯が、暗く沈んだ田舎町には不釣り合いなくらい、明るかった。縒木は、錆びたブランコを見つけると、吸い寄せられるみたいにそっちへ歩いていった。
ブランコに2人並んで揺られながら、さっき買ったばかりの飲み物に手をつける。
「にがー、よくこんなん飲めるよね。ブラックなんて絶対見栄張っただけでしょ」
「良さがわからないなら返せ、お子ちゃま舌が」
1口よこせとせがまれた缶コーヒーを取り返す。舌を出して不味いを伝えてくるけれど、それでも何処か彼女は楽しそうだった。
「夜の公園でさ、ブランコ乗って、どうでもいい話してるの。なんかドラマっぽくない?」
「そんなベタなドラマ、最近はもう無いだろ」
「そうかな?そうかも。最後にちゃんとドラマ見たの、いつか忘れちゃった」
「……なぁ。やっぱり、忙しかった?」
「うん。なんか、“見てる暇あるなら勉強しなさい”って感じだった」
「……厳しかったんだな」
彼女は何も答えなかった。
「ねぇ××」
「何」
「手出して」
今更何を言われても驚きはしなかった。彼女へ向けて手を差し出す。
彼女は自分の手を合わせて、やっぱり関節ひとつぶん違うよ、と。何故か嬉しそうに笑った。
「私さ」
縒木は、合わさった手を見つめていた。
「この手で握って貰えたらさ、ちょっと安心する」
夜風が吹く。
「ちゃんとしてなくてもいい気がしてくる」
合わさった手を眺めながら、彼女は確かに安堵してる、そんな表情を僕に見せた。
だから余計に、背筋が冷えていく。
たぶん、僕は縒木が壊れていく側へ、ちゃんと手を引いてしまっていた。心当たりはあった。金髪に染める場所を貸したのも、服を一緒に選んだのも、サングラスをあげたのも、ピアスを開けたのも。
僕はちゃんと共犯で、共に彼女を壊していた。
首元の痣が、また少しだけ黒く見えた。ぎち、と。そんな音がした気がした。
「なぁ、苦しくないか」
「大丈夫だよ」
「───今の方がよっぽど、息がしやすいから」
縒木は、ようやく息継ぎが出来たみたいにそう言った。
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