ぱらぱらドリーム012
日が沈み始め、フェンス越しの街並みが赤く染まる。小さな田舎町には不釣り合いなこの大きなモールの屋上。駐車場の隅から見る景色は開けていた。
風が吹く。
染めたばかりの髪が、まだ少しだけ薬剤臭かった。
「××ってさ」
縒木はフェンス越しに街を眺めながら、何気なく僕に問い掛ける。
「好きなものとかって、ある?」
「急だな」
「なんだっていいよ。音楽とか、服とか、食べ物とか。人とかでも」
「そうだな……。音楽流行ってるやつならなんでも聞くし、服は正直着れたらなんでもいい。でも、強いて言うなら、ラーメンは好きかな」
「なんか、浅いなぁ」
人に聞いておいてその反応かよ、とツッコミを入れる。ごめんねと、彼女は吹き出す。
「いやでも、そういうの」
縒木は笑う。
「ちゃんと“好き”って言える物があるって、ちょっと羨ましいかも」
「……そうか?」ちゃんと答えれた気がしてなかった手前、ピンと来なかった。
「うん」
少しだけ間が空く。
「私さ」
彼女はフェンスへ肘を預ける。僕はその横でフェンスに背を預ける。
「好きなものとか聞かれると、急に分かんなくなるんだよね」
何を思ってるでもないように、淡々と彼女は語る。
「別に嫌いなわけじゃないんだけど。なんか、“自分で選んだ感覚”がないっていうか」
縒木はフェンスの網目へ指を引っ掛けた。
「自分が何が好きで、どうしたいのか。あんまり実感がないんだよね」
今日1日縒木に振り回されっぱなしだった手前、そんなことないだろうと、言ってやりたかった。
それでも、確かに普段の縒木からはそういった欲が薄い印象があった。行事だって委員会決めだって、余りものを興味無さそうに引き受けていた記憶がある。
「ウチ、お父さん、居ないんだよね。……知ってた?」
「いや、初耳」
「だよね。誰にも言ったことないもん」
ちょっとだけ悪戯っぽく笑う。誰にも知られたくなったんだよ。と彼女は言った。笑いながら言った言葉にしては、少しだけ乾いた返事だった。
「別にお母さんのせいにしたい訳じゃないんだけど。母子家庭だったから。だから多分、お母さんは怖かったんだと思う」
縒木はフェンスの向こうを見る。
「女だけで生きてくの。だから、“ちゃんとしなさい”ってずっと言われてた」
「いや、別に毒親とかじゃないよ。お母さん、普通にちゃんと愛してくれてたし。……だから、余計嫌えなかった」
困り顔でそう笑った。
「だから、私さ頑張ったんだよね。努力したらちゃんと結果出たし。別に天才とかじゃないよ。効率悪かったし。でも、頑張るのは向いてたから。優等生って言われるくらいまで、頑張った」
自慢じゃなく、諦めみたいな乾いた声だった。
「だから、私はお母さんの期待に応え続けた。でもさ、いくら頑張っても、ダメな時ってあるんだよ。同じクラスの日下部君とかさ。いるじゃん、なんか。ちゃんと出来ちゃう人って。見てると苦しくなるんだよね。」
縒木はフェンスへ額を軽く当てる。カシャンと小さな音がした。
「一回崩れ始めると、駄目なんだよね。ちょっと順位落ちて。焦って。またミスして。別にさ、周りはそんな見てなかったんだよ。でも、自分だけはずっと気にしてる」
縒木は笑う。その笑い方が、テスト返却日に見た横顔と少し重なった。
「誤魔化してさ、もっとちゃんとしなきゃって頑張って。上手くいかなくて。気づいたら、“ちゃんとしてる私”って、自分でもよく分かんなくなっちゃって」
縒木がぽつりと呟く。
「こういうの、もっと早くやっとけばよかったのかな」
フェンスへ背中を預けながら、縒木は空を見る。
「普通の高校生みたいに、ちょっと怒られるような事とか」
その軽い笑い方は、今にも壊れてしまいそうだった。肯定も否定も、掛けてしまえば崩れていきそうで、言葉が見つからなかった。
放課後に寄り道して、くだらないことで笑って、ちょっと怒られる。
そんな普通を、彼女は多分ずっと後回しにしてきた
「……なんかさ」
ピアスが微かに揺れる。
「変われたと思ったのにね」
そう言って、自分の首元へ触れる。夕焼けの赤の中で、チョーカーからはみ出した痣だけが、酷く黒ずんで見えた。
金髪も。ピアスも。新しい服も。
全部ちゃんと、“今の縒木”に見えるのに。
首元へ残った痣だけがそのまま、
ずっとそこへ残り続けていた。




