ぱらぱらドリーム011
目的のために、1度モールを出る。
初夏の熱気が、夕方になってもアスファルトへ貼り付いて離れない。人混みを抜けても、空気はまだじっとりと肌へまとわりついていた。
「……で。それ、本当にやるのか」
僕は縒木の手元を見る。ショッパーの中。ピアッサーの箱が、やけに軽そうに転がっていた。
「買ったんだから、やるでしょ」
縒木はそう言う。でも、箱を弄ぶ指先は落ち着きなく角を撫で続けていた。
モールの外階段。人気の少ない踊り場へ並んで腰を下ろす。コンクリートの壁が昼間の熱を残していて、じわりと背中が暑い。
少し汗臭い風が吹く。
「……先、××やってよ」
彼女は僕にソレを手渡す。
「え?」
「いや、自分でやるのは怖いし。人の開けるのはもっと怖いし」
「言い出しっぺだろ」
「だって……」
縒木は唇を尖らせる。その顔が、少しだけいつもの縒木だった。ついさっきまで。金髪で、サングラスなんか掛けて、“別人”を楽しむみたいに笑っていたくせに。
ピアスを開ける。たったそれだけのことなのに、彼女は途端に年相応の女子高生みたいな顔をする。
「……やっぱやめる?」
そう聞くと、縒木は少しだけ黙った。
階段の下から、人の笑い声が聞こえる。遠くでバイクの音。湿った風。その中で、縒木だけがぽつりと取り残されたみたいに俯いていた。
「……それは嫌」
小さかった。風の音に混ざれば、聞き逃してしまいそうなくらい。縒木は俯いたまま、自分の親指の爪を擦っている。
「怖いけど」
言葉が止まる。
「……開けたいし、開けてみたい」
湿った風が吹いた。遠くで笑い声がする。みんな、普通にゴールデンウィークをやっている。
なのに。この踊り場だけ、変に息苦しかった。
「じゃ、腹括れ」
「もっと、言葉あるでしょ」
「十分悩んだろ」
「……もうちょっと優しくしてくれてもよくない?」
「期待する人を間違ったんだろ」
縒木は吹き出す。でも、その笑い方は少しだけ硬かった。
髪を耳へかける。白い耳たぶが露わになる。そこへ指先が触れそうになって、変に緊張した。
近い。
甘い匂いがする。シャンプーと、汗と、知らない化粧品みたいな匂い。
「……開けるよ」
「待って」
「まだ?」
「心の準備」
「五分前から聞いてる」
「いや、ほんとに怖いんだって……!」
縒木は本気で情けない顔をしていた。その顔を見て、少しだけ安心する。あぁ。まだちゃんと怖がれるんだ、と。本当に全部壊れてしまったなら、多分こんな顔はしない。
彼女の耳にピアッサーを掛け構える。
「……いける」
深呼吸。
耳たぶへ押し当てる。指先へ、縒木の体温が伝わる。
「せーの」
ばちん。
乾いた音。
「っ……ぁ、」
縒木の肩が大きく跳ねた。耳たぶへ、小さな銀色が刺さっている。
「……開いた」
呆然とした声だった。
彼女は自身の耳たぶを指先で恐る恐る触れる。少し涙目になって顔をしかめながら、少しづつ実感を得ているようだった。
「痛ぁ……」
「そりゃ穴開けたんだからな」
「じんじんする……」
それでも。縒木は笑っていた。目尻に涙を浮かべながら。痛そうに耳を押さえながら。
それでも、どこか満足そうだった。
「……次、××」
「あぁ」
「共犯なんでしょ」
さっき自分で言ったじゃん、と笑う。恐る恐る彼女へ耳を差し出す。
「動かないでね」
「お前こそ変な場所開けんなよ」
「……ごめんね」
「ちょっと待て。謝るのが早い。勘弁してくれ」
失敗されるのは一大事だけれど、そうやって茶化せば、彼女からは声のトーンが下がって帰ってきた。
「いや、そうじゃなくて。巻き込んでさ、ピアスまで付き合ってもらって」
「もしかしてさ、怖気付いた?」
「うん。ちょっとね」
自分を壊そうとしているくせに。多分、彼女は“誰かを傷つける側”になることを怯えている。それが、縒木 日陰という人間なのだろう。
「気にすんな、ちゃんと僕も楽しんでる」
「でも」
「どうせ、傷なんて勝手に増える。それがたまたま耳で、友達と遊んでる時について、今日だった。それだけだよ」
「慰めになってないけど」
「知らん」
縒木は少しだけ笑った。
ばちん。
遅れて熱が来た。
「あっ、痛ぇ……!」
「ふふっ」
縒木が吹き出す。
「すごい顔してる」
「うるせぇ」
耳が熱い。脈打つみたいに痛む。
でも。隣を見る。同じ場所に、小さな銀色。
それを見た僕は、妙に可笑しくなってしまった。
「……ほんとにやっちゃったな」
「だね」
縒木は笑う。
「怒られるかな」
「先生頭硬いからな、2人揃って大目玉だろうな」
「共犯だからね」
共犯、そんな物騒な言葉を縒木は嬉しそうに語る。
耳の熱は、しばらく引かなかった。ピアスを開けた場所が脈打つたび、本当に戻れないことをしたみたいな感覚になる。縒木も同じなのか、何度もスマホのインカメラを開いては、自分の耳元を確認していた。
「……なんか、不思議」
「何が」
「ちゃんと痛い」
縒木は耳たぶへ触れる。
「なのに、ちょっと嬉しい」
その言葉が、妙に頭へ残った。痛いのに嬉しい。多分、今日の縒木はずっとそうだった。壊れるのは怖い。でも、変わっていく自分を、どこかで期待してしまっているみたいに。
「ねぇ」
縒木が、不意にスマホを下ろす。
「××はプリクラ撮ったことある?」
「いや」
「撮ろうよ」
「急だな」
「だってさ」
少しだけ言葉を迷いながら、縒木は笑った。
「今の私をさ、残しておきたくなっちゃったんだよね」
その言い方が、妙に頭へ残った。まるで。今この瞬間の自分が、もうすぐ消えてしまうとでも言いたいみたいに。
「近い近い」
「ちゃんと寄ってよ、フレーム入んない」
「これ絶対黒歴史行きだろ」
「失踪中の女子高生と、ピアス開けた男子高校生のプリクラだよ?かなり青春っぽいじゃん」
黒歴史じゃなくて、事件の証拠写真にでもなりそうだった。
「方向性が最悪だろ」
シャッター音。眩しいライト。落書き。
「いい感じに撮れたんじゃない?」
「そうかなぁ」
「もしさ、私が今日死んじゃったら。これが遺影って奴になるのかな」
「笑えない冗談だ」
少しだけ、まだ耳が痛む。でも縒木は、その痛みすら楽しいみたいに笑っていた。縒木は、落書きペンでやたら時間を掛けていた。耳元へ小さく星を書いて、日付を書いて、意味もなくハートを飛ばして。
「盛りすぎだろ」
「こういうのは盛るものでしょ、知らないけど」
そう言いながら、縒木は何度も完成画面を確認していた。
「ねぇ、見てこれ」
縒木は、出来上がったプリクラを僕へ押し付けるように見せる。耳元の銀色。落書きされた星。不格好なハート。何枚も並んだ写真の中で。彼女は、ようやく“誰か”になれたみたいに笑っていた。
「ちゃんと、残った」
縒木は小さくそう呟いた。
その声だけが、妙に耳へ残った。
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