ぱらぱらドリーム010
電車に揺られる。向かいの窓へ映る金髪の縒木は、未だに現実味がなかった。
首にはあの痣を隠すように、1本の黒いチョーカー。それでも少しだけ痛々しいソレはコチラを覗く。
「こういうの付けてみたかったんだよね」嬉々としてそんな事を言っていた。
授業中姿勢を崩さずに集中していた優等生が、今は脚を組んで、サイズの合わない男物の服をだらしなくダボつかせて、ぼんやりと吊革や車内広告を眺めている。
その横顔は、一駅進むたびにちょっとづつ、知らない誰かへ変わっていくみたいだった。
「意外と……バレないもんだね」
肩透かしのように、誰にも声は掛けられなかった。そうやって電車に乗って5つ先、隣町の大型ショッピングモールまで僕らは着く。ゴールデンウィークは真っ只中、人の熱が籠っていた。
最初に縒木が提案してきた“ちょっと悪いこと”は、拍子抜けするくらい普通だった。
モールへ行きたい。ただ、それだけ。なんて事ないことを、勿体ぶったように言う彼女は、“普通の遊び”に慣れていない。そんな感じがした。
でも、確かに。お尋ね者とバレないように人目が多い場所で遊ぶなんて、考えてみればちょっと悪いことか。
「先ずは、服を買いに行きます。ちゃんと着いてくるように」
彼女は僕の手首を掴み、人混みの中を進んでいく。その手は少し汗ばんでいた。浮かれているのか。緊張しているのか。
多分、その両方な気がした。
縒木と入ったアパレル店は、縒木のイメージとは離れたダボッとしていたり露出の多い服が置いてある店だった。
「……変じゃない?」
縒木は鏡を見たまま言う。
「なんか、自分じゃない人を見てるみたい」
ショートパンツから伸びた白い脚が、やけに生々しく視界へ入る。多少露出が増えただけ。それだけなのに、今まで教室で見ていた優等生の縒木と、目の前の彼女が同じ存在だと思えなかった。
「……似合ってる」
その姿は驚くほど似合っていて。
——だから余計に、僕はそれを“間違い”だなんて言えなかった。
「なんか、スースーして変な感じ」
縒木は何度も鏡を見て、何度も吟味して。それでも結局は覚悟を決めたようで、買って、そのまま新しい服に着替えて店を出る。
制服じゃない服を着て、
制服じゃない髪色で、
制服じゃない自分として扱われる。
縒木は、その一つ一つを確かめるみたいに笑っていた。
その様子が、“縒木 日陰じゃない自分”を、少しずつ試着しているみたいに見えた。
「次はあそこに行きたい」
彼女が指さした次の目的地は、アクセサリーショップだった。
慣れていない様子を丸出しで僕らは入り、その一角に並んだ数々のピアスを眺める。一つの穴だって開けていないのに。
「ねぇ、後でさ。開けてよ」
縒木はピアッサーを見つめたまま言う。
「一回くらい開けてみたかったんだよね」
「……軽いな、校則違反だぞ」
「だってさ」
またわざとらしく、彼女は頬を歪める。
「もう、今更じゃん」
「……だったら、僕にも開けてくれよ」
躊躇ったけれど、進んでいく彼女に1歩でも近づきたくて、その言葉を出した。
「痛いし、後で怒られるよ絶対」
「共犯なんだろ。だったら、少しくらい良いだろ」
そんな様子に彼女は満足そう笑ってくれた。ピアッサー2つと、レジ前のサングラスコーナーで彼女に似合いそうな物を見つけて1つ買った。
「何これ」
「変装用、さっきからちょこちょこうちの学校の生徒見かけてるから。付けといて」
「素直じゃないね。でも……ありがとう」
やっぱり似合っていた。金髪も。サングラスも。露出の多い服も。縒木は、そういう“壊れ方”まで似合ってしまう。それが少し怖かった。
——このまま、戻らなくなる気がして。
お昼時を過ぎてから、小腹がすいた僕らはフードコートに行き各々好きなものを頼む。
「たこ焼き一個あげるから、その代わりラーメンちょっと頂戴」
「服買ったばっかりなんだから、汚すなよ」
「大丈夫だよ」
縒木は笑う形だけ作った。
「もう、いい子じゃないんだから」
自分を書き換えていくように、彼女はそう言う。僕は目を背けるように、なんて事ない会話を続けた。食べ終われば、モールをあてもなく歩く。
ガチャガチャでハズレを引いて一緒に笑った。
「ねぇ変なの出た、これ付けてみてよ」
「どう?似合う?」
「めちゃくちゃ変」
「お前さぁ……」
ペットショップのショーガラスに張り付く子供を見て「どっちが可愛いと思う?」だの。
あまりにも普通だった。
「次どこ行こっか」
このままならいいのにと。ほんの少しだけ思ってしまった。
───だから。
「アレ?××じゃん」
その一声は、僕を一気に現実に引き戻した。心臓が跳ねる。
反射で縒木を見れば、当の本人は、逃げるどころか僕の様子を伺うように笑っていた。
肩を叩かれ振り返れば、そこにはクラスメイトが立っていた。
「もしかして、デート?」
彼は小声で僕にだけ耳打ちしてくる。誰にだって話しかけ、誰にでも合わせれる。元々そういう、気さくなやつだった。
「そう。だから、ごめん。あんまり邪魔してくれるなよ」
彼の目線が縒木を捉える。縒木は白々しく会釈してニッコリと笑顔。すぐに分かる作り物だったけれど、彼を納得されるには十分だった。
「……わかったよ。羨ましいな」と小突かれる。目の前の彼女が同じクラスメイトの、しかも優等生の縒木だなんて、きっと思いもしなかっただろう。
「あぁ、それと。お前これ聞いたか? クラスの縒木さんが失踪したってやつ。お前結構話してただろ。もし見つけたら、学校でいいから連絡入れろってさ。まぁ、こんなとこじゃ会わないだろうけどな」
「あぁ、わかった。もし会ったら、な」
頑張って心配するような顔を作る。きっと、変な顔をしてる気がした。
「じゃ。邪魔したな。またゴールデンウィーク明けに学校で」
彼はそう手を振って去っていった。
「××すっごい顔してたよ」
「そりゃそうだろ、生きた心地がしなかった」
緊張の糸が解けていく。それでもまだ、心臓はまだ嫌な音を立てていた。隣の縒木だけはそんな僕を見て、声を弾ませていた。
「でも、こんな近くにいるのに、案外気づかれないもんなんだね」
縒木は、サングラスを少しだけ持ち上げながら笑う。
「人って、案外ちゃんと見てないんだね」
——それは、少しだけ寂しそうにも聞こえた。
まるで、今まで誰にも、
“ちゃんと見つけてもらえなかった”みたいに。
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