ぱらぱらドリーム007
「ちょっと、出てくるよ。小一時間もしないうちに戻ってくる。僕の部屋は好きに使っていいから、大人しく待ってて」
先約を済ませてくると縒木に伝えると、相変わらず茶化しつつ彼女は了承した。家に女の子を置いたまま、別の女の子へ会いにいくなどいいご身分だと。
そんな難癖をつけられ、お土産を所望された。
彼女はスマホすら置いて出てきたという。何かあれば家の固定電話から掛けてくるように伝え、家を出た。過保護なのかもしれない。でも、それだけ僕は縒木が心配だった。
放っておけば、本当に壊れてしまいそうだった。
それでも、今の僕に出来ることなんて何もない。
だから、僕は今僕が出来ることを。
昨日交わした何でもない、それでも大事に思ってしまった約束を果たしに歩いた。
──せめて、皿谷 潜には、“前を向くこと”を諦めて欲しくなかった。
ゴールデンウィークも後半に入って、肌へ触れる風はもう春じゃなかった。蒸し暑い。
僕は少し遅れて公園へ着いた。ベンチには、皿谷が足をぶらつかせながら待っていた。
「アリクイさん!やっと来ましたね。待ちくたびれましたよ。干からびてしまいそうです」
本物の河童だったやつが、干からびるなんてギャグは、冷静になれば全然笑えない。でも、皿谷はそういう冗談を、ちゃんと冗談として言ってくれる。
「ほら、これ買ってきたから許してくれ」
「あ、パピコ。これ、幼なじみさんが好きだったんですよね」
「そう、なんだけど。あれ……この話って皿谷ちゃんにしたっけ」
あからさまに皿谷が目線を外したのがわかった。たった二日の付き合いだった。それでも、皿谷が誤魔化す時はすぐ分かる。
「こっちを見なさい、皿谷ちゃん。パピコあげないよ」
「そんな意地悪言わないでくださいよ、アリクイさん」
振り返りこちらを上目遣いに見るが、目を合わせれば黒目が露骨に泳ぐ。なるほど、大体の察しが着いた。右腕のブレスレットが反射で光る。
半分に割ったパピコを皿谷へ渡す。そのまま、逃がさないみたいに手首を掴んだ。
「アリクイさん……?」
「あの子に聞いたんだな」
「……いえ。少しだけ流れてきた、みたいな感じですよ。アリクイさんと幼なじみさんの幼少期。羨ましい思い出でしたよ」
そこまで口にして、皿谷はなにかに気づいたように口を閉じた。
「すみません、2人だけの思い出だったんですよね。覗く気はなかったんです」
「気にしないでくれ」
多分。幼なじみの記憶が流れ込んだのだろう。故人の遺品を、幽霊が受け取る。それだけで何が起きてもおかしくなかった。怪異側の理屈なんて、全てを理解できるわけが無い。それでも、流れ込んでしまった、そう考えるのが自然だった。
もしかしたら、僕はその2人だけの思い出を、ずっと誰かに吐いてしまいたかったのかもしれない。
「アリクイさんのちっちゃい頃の顔とかも見ちゃいました。よく泣く子だったんですね」
「それは。ちょっと気にするから、やめてくれ」
そうやって談笑する。皿谷は、僕らの過去の輪郭を撫でるみたいに笑った。それ以上、深くは触れてこなかった。
河童だったことなんて、会話していると忘れそうになる。皿谷は、どう見たって普通の女子中学生だった。
アイスが少しずつ溶けていく。皿谷はおどけて、僕も適当に返す。
そんな普通みたいな時間のくせに、頭の片隅ではずっと、縒木の顔がちらついていた。今この瞬間も、あの赤黒い痕が、縒木の首へ食い込んでいたら。そんな想像が、会話の隙間へ何度も入り込んでくる。
「なぁ、皿谷ちゃん。ひとつ聞いてもいいかな」
「なんでしょう」
「【変え首】ってのに心当たりはあったりしないよな、この地域の伝承のひとつらしいんだけど」
「残念ながら。……アリクイさん、また何かに首を突っ込んだんですか」
少女は目を細める。
「救われた身でこんな事を言うのはなんですけど、私はアリクイさんが心配ですよ」
「友達がね、様子が変なんだ。知らないふりは出来ないよ」
「まぁ。貴方は、そうするんでしょうね。でも、あんまり危ない事はしないでくださいよ。幽霊だって、心配くらいするんですから」
「ありがとう。肝に銘じておくよ」
放っておけばいい。多分、普通の人間ならそうしてしまえる。でも僕は、昔から“見なかったこと”にするのが下手だった。
「でも、アリクイさんなりに考えて、そして行き詰まったんですよね。それならもう、訝屋さんに聞いてみるのが早いでしょう。なんたってあの人は専門家なんですから」
訝屋。
確かにあの胡散臭い怪異収集家なら、何か知っているかもしれない。知っていてほしかった。嫌な予感を振り払うように、僕はスマホを取り出し掛ける。
コール音が鳴る。
一回。
二回。
三回。
切ろうか迷ったタイミングで、ようやく通話が繋がった。
“めんどくせぇ”
開口一番、それだった。
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