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『残憶レプリカ:』プロットver  作者: 毎日馬鹿
参章 ぱらぱらドリーム
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ぱらぱらドリーム006

「久々にちゃんとしたの食べた」

「コンビニ?」

「そう。昨日の夜、あの公園で食べてた」

「……もしかして、そのまま朝まで?」


「寝れなかったし、田舎だから大丈夫かなって。でも、女子高生が一人でやることじゃなかったね。普通にちょっと怖かった」


「……連絡しろよ、友達とか」


「ありがと、でも知らなかったんだよ。こんな時どうしたらいいとか、誰に頼っていいとか。そもそも友達も少なかったし」


「僕が、居ただろ……」


そうだね。と彼女は少しだけ笑う。そんな話をしながら、縒木は二杯目のカレーを綺麗に平らげた。


「こんな時でも、ちゃんとお腹って減るんだね」


空になった皿を見ながら、縒木はどこか他人事みたいに笑う。


「なぁ」


テーブルへ置かれた郷土資料を指差す。

「なんで、この本探してたんだよ」


「だって“これ”の正体くらいは知っときたいじゃん」

縒木は自分の首を軽く指でつつく。


「何も分かんないまま終わるとか、なんか、嫌だった」


終わる。その言葉は、心をざわつかせる。


「色々調べてさ、そしたら馬鹿馬鹿しいオカルトに行き着いたんだよね。この辺の伝承なら、ここに載ってると思ったんだ。この、たぶん【変え首】ってヤツについて」


「……わかった」


食器を流しへ下げ、僕らはソファーへ並んで座る。

古びた郷土資料を開くと、紙の乾いた匂いがふわりと広がった。


肩がぶつかる。跳ねた肩を誤魔化して、思春期がバレないように躱す。そうすればきっと離れると思った。しかし縒木は今度はわざとらしく寄ってきた。


「あの、縒木さん」

「なんだい××さん」

「距離、ちょっと近くないでしょうか」

「目悪いからさ。このくらいじゃないと見えないんだよね」


再び肩が触れる。シャンプーの匂いがした。

女の子の匂い、なんて便利な言葉で片付けてしまうには、少しだけ甘すぎる匂いだった。


いつもの縒木なら、こんな距離で人に触れたりしない。教室でプリントを渡す時ですら、指先が触れないよう妙に気を遣うやつだった。


なのに今は、僕の肩へ重心を預けるみたいに寄ってくる。

距離感がおかしい。


まるで、“縒木日陰じゃない誰か”が、彼女を演じてるみたいだった。


「あ、あった。これ」

縒木がページを止める。


『変え首』

締められた者は、少しずつ“元とは違うもの”へ変わっていく。穏やかだった男が突然家族へ暴力を振るうようになった。真面目だった娘が、夜な夜な裸足で町を歩き回った。


そして最後には、“どんな人間だったか分からなくなる”——そう、書かれていた。


「……ねぇ」

縒木がぼそりと呟く。


「もしさ、私が急に変になったらどうする?」


冗談みたいな口調だった。でも、縒木はこっちを見ていなかった。答えを聞きたいのか、聞きたくないのか、よく分からない横顔だった。


「変って」


「ほら。急に暴れ出すとか。夜中徘徊するとか。……金髪にするとか」


「最後のは書いてなかっただろ」


「私、別人になっちゃうのかな」


その言葉が、妙に耳へ残った。

“別人”。そんなの、見れば分かる。今日の縒木は、ずっと縒木らしくない。


例えば、突然「今日から金髪にします」なんて顔して登校してきても、多分クラスの連中はそれなりに受け入れるのだろう。面が良い生き物は、多少の無茶を“イメチェン”の一言でねじ伏せられる。

勿論怒られるだろうし、優等生でも無くなって行くだろう。それでも、多分周りは最初だけちょっとした話題にして、そうだったように受け入れ慣れていくんだろう。


でも。

もし縒木が、縒木じゃなくなったとして。

僕がそれを、“そういうもの”として受け入れられるのだろうか。


ページを捲る音だけが続く。

古い紙の匂い。エアコンの風。遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。


気づけば、縒木は途中から、もう文字を読んでいなかった。視線だけが、ぼんやりページの上を滑っている。

読むのを諦めたというより、文字を追う気力そのものが尽きているみたいだった。


「……正直さ」

彼女は独り言みたいに溢す。


「もう疲れたよ」

僕へ向けた言葉なのか、自分へ向けた言葉なのか、真意は分からなかった。


「寝ていいぞ」


「んー……」

縒木は曖昧に返事をする。


「でも、寝ると嫌なんだよね」


ページを捲る指が止まる。


「……夢、見るから?」


「そ」


あまりにも軽い返事だった。

けれど、その横顔だけは、少しだけ子供みたいに不安そうだった。


「じゃあ寝るな」

「ブラック企業?」

「冗談じゃなく」

「大丈夫だって」


縒木はそう言って、小さく笑う。

そしてそのまま、僕の肩へ軽く頭を預けた。


「ちょっとだけ」


その声は、もう半分寝ていた。


「おい」

「聞いてる……」


そう返しながら、縒木の頭が小さく揺れる。

眠気と戦ってるみたいだった。


僕はしばらく、そのまま本を読んでいた。

しかしどれだけ頁を捲っても、決定的な解決法みたいなものは見つからない。


変え首。

変質。

人格の反転。

それによって傷つけられた話。

それによって死人が出た話。


断片的で、曖昧で、気味の悪い記述ばかりだった。

——ふと。

小さなうめき声が聞こえた。最初は寝言かと思った。


でも違う。

縒木の身体が、小さく痙攣していた。喉元へ爪を立て、何かを引き剥がそうとするみたいに、必死に首を掻いている。首元の痕が、生き物みたいに軋んだ。


ギチ、と。何かが締まる音がした。


「いや……」

掠れた声。


「ちが……」

息が詰まる音。


「わたし——」


そこで言葉が潰れた。背筋が冷えた。今の声が、縒木の喉から出たものに聞こえなかった。


「おい、縒木!」

焦り、肩を掴んで揺さぶる。反応が鈍い。それでも何度も呼びかけ、強く肩を揺らした。


「っ、え……?」

ゆっくりと目が開く。焦点の合わない目で、縒木は僕を見る。


「××……?」


「大丈夫か」


「あぁ……そっか」

ぼんやりと部屋を見回して、縒木は小さく息を吐いた。


「……いま、家出してたんだっけ」

夢と現実の境目を確認するみたいな声だった。


「ごめん。寝ちゃってた」


笑う。でも、その首元には新しい引っ掻き傷が増えていた。薄く血が滲んでいる。

急いで救急箱を持ってくる。消毒液を染み込ませたガーゼを当てると、縒木は少しだけ肩を震わせた。


「最近、寝れてなかったからさ。……寝ると、こうなるんだよね」

まるで風邪の症状でも説明するみたいな口調だった。


「でも、結構寝れた方かも。頭スッキリしたし」

そう言って笑う。


「起こしてくれてありがと。もう大丈夫」


大丈夫なわけがないだろう。

血が滲むガーゼが痛々しかった。こんなの、ただの悪夢で済ませていいはずがない。首に残った痕は、赤黒く皮膚へ焼き付いていた。


このまま放っておけば。

本当に、彼女は縒木日陰じゃなくなる。

そんな気がした。

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