うごうごベイビー014
「わかりました。それが澪影先輩を救う為になるなら。僕にはやる以外の選択肢はありません」
訝屋は神様とやらに喧嘩を売ると言った。しかもその時間稼ぎを僕と皿谷が行えと。昨日水神の成れの果てたる河童に2人して人間の無力さを痛感させられたばかりである。正直、冷や汗が止まらなかった。あんなものと、再度相対する必要があるなんて、正直御免だった。
それでも、あの人に救われた僕が、今さら怖いから逃げるなんて、できるはずがなかった。
覚悟を決める。
別に、恩人の為に命を張れる自分に酔いたいわけじゃない。
今度は僕の番。それだけだ。
「相手にとって不足なし、ですね。」
膝は笑い、声も震えている。それでも皿谷は、堂々と言い切った。水神の、その一端になった事があるからだろう。これから相対する“ソレ”の恐ろしさを、この中で一番理解しているのは、きっと皿谷だった。
「皿谷ちゃん。降りてもいいんだよ。こんな危ないことに巻き込むつもりは無かった」
「馬鹿言わないでください、私も見くびられたもんですね。曲がりなりにも私は怪異なんですよ、アリクイさんよりは役立ってみせましょう」
それと、と少女は続ける。
「私は止まってしまった者なんですよ、こうやって今を進む人達に関われるだけ奇跡なんです。だから、
少しだけでいいんです。私もまだ、“今”を生きてるって思いたいんですよ。」
寂しくも優しい表情へと変わる。少女の在り方を、僕には否定出来なかった。
「……恩に着るよ。」
思わず、僕はそう返していた。
これが無事に終われば、また皿谷ちゃんとこの街を回ろう。僕では力不足もいい所だけれど、少しでもこの少女が前向きになれるように。
「2人とも覚悟は決まったようだね、いやぁ正直俺が1番覚悟が決まらないよ。どうせ碌でもない奴なんだろうに、なんでこう、君は面倒事にばっか好かれるんだろうね。」
軽快に弱音を吐く訝屋さんは、言葉とは裏腹に、その目だけは、まるで祭りの前みたいに爛々としていた。
僕らは儀式の準備に入った。その大部分は今朝方のそれと全く変わりはしないものだったけれど、先輩が寝るテーブルの前に2つ、簡易的な祭壇が設けられた。訝屋はその祭壇の正面に、そして僕と皿谷が祭壇と彼の間に立ちはだかるように待機する。
「加護が無くなったお嬢ちゃんには、10月10日の痛みが押し寄せて来るだろう。常人なら到底耐えれないだろうけれど、それでもお嬢ちゃんには気絶せずに踏ん張って欲しい。今朝に引き続いて酷だとは思うけれど、君がコトリバコを受け入れる、これが今回の肝だ」
「……逃げたくはないです」
過ちを、受け入れたいと。
「良い顔になったね。その言葉が虚勢じゃない事を祈ってるよ」
言い終わると、訝屋は胡座から手を着き、何やら聞き取れない言葉の羅列を唱え始める。各所に配置した蝋燭の火が、淡い青へ変わる。青い炎が、生き物みたいに揺れながら伸びていく。ヒリヒリとした重圧を肌で感じる。
圧倒的な“何か”が、もう、すぐそこまで迫っていた。
「神様とのご対面だ。
——10秒だけ、生き延びろよ。アリクイ君」




