うごうごベイビー012
「さて、アリクイ君の見解は聞いたわけだけれど、概ねの方向性は間違っていないよ、流石だ。嗅覚ってやつが違うのかな?でもまだまだ随所に読み違えがある。これは仕方ない事だから、そう気を落とさなくたっていいよ、許容できる範疇だ。むしろ専門家でもない高々一般の高校生が、よくやったと褒められるべきだろう。」
訝屋は、品定めでもするみたいに僕らを見比べた。
「そして、お嬢ちゃんはお嬢ちゃんで少し態度が改まったじゃないか」
訝屋は満足気に鼻を鳴らした。
「“貰い事故だけど死にたくないから、助けてくれるなら体だって差し出します”みたいな、虫酸の走る態度じゃなくなった。自損事故、くらいの自覚は出てきたみたいだね、いい目つきだ。
被害者ヅラのままだったら、もしかしたら俺はもう見捨ててたかもしれないしね」
僕の推論は、どうやら訝屋さん的には及第点だったらしい。
「それでも、お嬢ちゃんは自損事故の当事者じゃなくて、明確な加害者なんだけどね」
「待ってくださいよ、依さん。それじゃまるで先輩が誰かを傷つけたみたいじゃないですか。
この件で得体の知れない何かを孕んで苦しんでるのは先輩なんです。自滅だとは思います、自業自得かもしれません、それでも一体どこに誰に迷惑をかけたって言うんですか」
おいおい番犬かよアリクイ君。君はよっぽどそのお嬢ちゃんにご執心じゃないか、先輩後輩の絆なんて焼けちゃうねぇ。そう訝屋はのらりくらりと茶化す。
「怪異ってのはね、正体と原因を暴かなきゃ解体できない。」
解体。いや、懐胎か。
「アリクイ君はこの現象の動機は、お嬢ちゃんが先生を引き止めたくて子供を願った、だからその赤子はお嬢ちゃんと先生の愛の結晶、って筋なんだろうけれど───それはありえないんだよ」
その言葉には、冗談めかした響きがなかった。
「そんな生ぬるい話じゃない、このまま無し崩しに産まれてオールハッピードキドキ先生と修羅場NTR路線。なんてものは無いよ。」
澪影先輩の肩が、小さく跳ねた。
「そんな優しい願い方じゃないんだよ」
澪影先輩は、何も言い返さなかった。それが、怖かった。
「お嬢ちゃんが手に取り、願いを込めたのは、コレだね」
訝屋はそう言って僕らの前に1つの片手サイズの立方体を出す。表面には複雑な模様が刻まれていた。どうやら、手順通りに動かして解錠する類の絡繰箱らしい。
「訝屋さんも持ってらっしゃんだんですか。そうですね、細部に少し違和感があるのでまるっきり同じものでは無いと思いますが、私が持ったユメミバコは……そう、これより少しだけ大きかったと思います」
「アチャー。“大きい”のかぁ」
訝屋は額に手を当て、わざとらしく天井を仰いだ。
「これはコトリバコって言ってね」
“夢見箱”なんて柔らかい響きとは、あまりにも掛け離れた名前だった。
「依さん……その大きさが何か不味いんですか?そもそもコトリバコっていったいなんなんですか」
「いやぁ、不味いも不味いさ。ヒジョーに不味い」
訝屋は白々しく両手を上げ、降参のポーズを取った。
「コトリバコってのはね」
訝屋は一度だけ、澪影先輩の腹を見た。
「まぁ、早い話。女子供を殺す呪いだよ」
願いと呪いの違いなんて、たぶん紙一重なんだろう。
〝こうなってほしい〟が、〝こうじゃないと受け入れられない〟に変わったその時。祈りは、誰かを縛るものになる。
「そして、言わなくてもわかるだろう?」
訝屋は箱を指で軽く弾いた。
「コレは三人。この三人を止める為に、26人死んだ。僕ら側も込みでね。このコトリバコは女子供を、言うなれば子孫繁栄を葬り去る呪いだ。一族と一族が抗争する時代の身を削った最終兵器だったんだよ」
そして、もし更に大きなコトリバコが完全に動いてしまえば、今回の被害は前回を軽く超えてくるだろうね、と。
澪影先輩の顔から、瞬く間に血の気が引いた。肩が、目に見えて震え始める。
「ぁ……」
唇が、誰かを名を呼ぶみたいに震えた。
その様子を見て、訝屋は初めて笑った。
「違う違う、その呪いを掛けてるのはお嬢ちゃん。君、自身だ。君の親族がなくなったりなんかしないよ。このまま真っ先に死ぬのは君と、」
柏田夫人と、その柏田ベイビーだよ。
訝屋は、澪影先輩の腹へ視線を落とした。
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