うごうごベイビー008
——願い。
皿谷ちゃんの言葉が、頭から離れなかった。
澪影先輩は、誰かに縋るような人じゃなかった。
弓道部でも、生徒会でも、あの人はいつだって“ちゃんとしている側”だった。だからこそ、あの人が神頼みのように呪具へ触れたという事実が、僕には上手く結びつかない。
いや……。
「子供さえいれば」
以前、澪影先輩が零した言葉を思い出す。あれは冗談みたいな口調だった。でも今になって思えば、あの人は本気だったんじゃないだろうか。
理屈じゃなく、何か一つに縋りたくなる気持ちを。
僕は否定できなかった。
「……柏田って教師がいたんだ」
澪影先輩は以前、柏田に子供が出来たことが別れの原因だったと零していた。
あの言葉が、今になって嫌に現実味を帯びる。
もし本当に。子供さえ出来れば、また振り向いてもらえると。先輩が、そう願ってしまったのだとしたら。
そこまで誰かを欲しがることを、僕は少し怖いと思った。
ユメミバコ。“夢を見る箱”みたいな名前だと、皿谷ちゃんは言った。
願い。子供。執着。
もちろん、全部ただのこじつけかもしれない。
それでも、一度そう考えてしまうと、もう他の可能性が思いつかなかった。
本当は、誰にも話すつもりなんて無かった。
優等生の澪影灯火と。新任教師、柏田。あの二人のことを、僕は皿谷ちゃんへ話した。
澪影先輩を救う為なら、もうそんなことは言っていられなかった。
「高校生と教師……それは、かなり背徳的ですね……。でも、アリクイさんの見立て通り、この件ってその柏田先生への失恋がかなり大きそうですね。
私は河童と地縛霊の主観体験しかありませんから、オーソリティである訝屋さんのように断言はして差し上げれませんけど」
本人の口から聞かなきゃならない。
澪影先輩が一体何を願ったのか。何に縋って。何を欲しがって。あの箱に触れたのか。それが分かれば、まだ、間に合う気がした。
「……急ぎましょう、アリクイさん」
公民館へ続く坂道を、僕らは早足で上る。
今この瞬間だって、澪影先輩のお腹は膨らみ続けているんだろう。
骨も内臓も、人間の身体の限界なんて無視するみたいに。
「……願いに、呑み込まれちゃう気がするんです」
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