うごうごベイビー006
「暖簾に腕押し。俺らは、盛大に見当違いをしてたらしい」
儀式は成功しなかった。失敗し酷い呪返しを僕らは食らった訳ではなかった。そんな次元の話ですらない、と訝屋は言った。
「ここまで派手に伸びちゃうと、時間を置いてあげないと起きれないだろうねぇ。相当消耗してるはずだ、今はこのまま寝かせておこう」
気絶したように眠る不動先輩を、仰向けから側臥位へと姿勢を直す。これで少しは楽に呼吸ができるといいのだけれど。その流れで、訝屋は自然な手つきで不動先輩の腹部に触れた。明らかに今朝方より大きくなった下腹部を確認し、下心が吹き飛ぶ。
「気づいたかいアリクイ君。儀式中もそれは止まらなかった。つまり、彼女の下腹部に入っているそれはユメミバコ本体じゃないんだよ。確かに呪いの残滓は感じたんだけど、アレだけ厳重にしまっていた呪いがそんなものな訳がない。そんなしょぼい呪いはお嬢ちゃんの中には入り込めないだろう」
「どうしてですか?」
「あのお嬢ちゃん、何者なんだい。小手先の呪い程度じゃ、まともに触れられないくらいには守られてる。有り体に言ってしまえば加護持ちだね」
不動 薫は、由緒正しき大社のたった一人の跡取り娘だ。きっと神様にまで可愛がられて育った。そう考えれば妙に納得できた。訝屋に事情を話すと、彼は大きな声を上げて納得を示した。そして僕を試すようにわざとらしく首を傾げ問う。
「だったらなんだって、古ぼけた呪いになんて触られたんだろうね。アリクイ君、君はわかるかい」
「……いいえ、さっぱりです」
でも、あなたが何かに気づいていて、それを僕に伏せていることだけは分かった。
「いや、違うね。君にはわかるはずだ。」
「あまり買いかぶらないでくださいよ、僕は怪異に対しての経験や知識なんて一切持ち合わせていない素人なんですから。」
一切、じゃないだろう。そう彼は言う。
「とはいえ、俺一人じゃ手詰まりなのも事実なんだけどね。お嬢ちゃんが起きるのもまだまだ時間は掛かるだろう、アリクイ君はあの子に助力を求めに行って欲しい。これ系にはあの少女の方が手馴れてるだろうよ」
「なるほど、わかりました。直ぐに戻りますから、先輩に変なことしないでくださいよ、依さん」
釘を刺す。生徒に手を出した教師を知っている。大の大人が女子高生に欲情しない、そんな性善説は僕にはなかった。
「いやだなぁ、流石にあんなにカッコつけて説教した手前そんなことしたら、俺の沽券に関わるだろ。しかも昏睡ボテ腹女子高生って、属性だけで胃もたれしちゃうよ」
「信じてますからね」
「アリクイ君、その言葉は信じてない側にしか使わないんだよ。」
僕にある唯一の怪異経験。
昨日、記憶に溺れるような死地で、ようやく掬い上げた少女。
皿谷 潜に助力を得るべく、僕は支度を整える。
裏口で靴を履きながらに、一つだけ聞き忘れたことがあったと、訝屋に投げかけた。
「ちなみに、先輩のお腹の中に入っているものの正体はわかったんですか?」
あぁ、これはね。俺は専門外だけど、と彼は前置きする。
「アレは——生きた人間の赤子だよ」
少しでも続きが気になれば、ブックマークや評価を頂けると励みになります。




