うごうごベイビー003
「お邪魔します……」
ここで話もなんだろうお茶くらいは出すからと、澪影神社の居住区画、その奥の和室へ通された。
八畳ほどの室内、曰く茶室だった場所らしい。二人で話すにはこのくらいが丁度いいだろうとのことだった。
「なんか。凄いですね、先輩のおうち」
「歴史は長いからね、珍しい物も多いだろう。」
出された緑茶に「結構なお手前で」なんて適当な軽口を返したり。
当たり障りのない雑談が一段落したところで、澪影先輩はじゃぁ本題に入ろうか、と話し始めた。
「このお腹の心当たりなのだけれど、話したように柏田とは1ヶ月以上前に別れてしまっていて、何も無いんだ。
詳細を聞くような無粋な事は君はしないだろうけれど、これは誓って違う」
彼女は凛々しい顔でそう言い切る。その端々から、あの教師の顔が脳裏をよぎるが、今回の原因じゃないんだろう。誓って。
「調べてみてたらこのお腹は、通常の妊娠であれば約25週前後の状態みたい。
目に見えて大きくなり始めたのは2日前。家族には今のところ何とか隠せてはいるみたいだけど、正直、時間の問題だと思う」
そして、心当たりというのが、コレだ。
と彼女は1つの箱を僕の前に差し出した。
「この箱を見て欲しいんだけど」
出されたのは、かなり年季の入った木箱だった。何やら達筆な字で書いてあるが、書道の経験のない僕には読めない。
蓋を止めるようにして4枚札が貼られていた形跡があり、カッターか何かで、札ごと綺麗に切られていた。
澪影先輩がゆっくりと蓋を開けた。箱の内側には隙間がないくらいに夥しい数の文字列が埋めつくしていて、何かで黒く滲んだ斑点が所々に着いていた。
微かに、何かが腐ったような臭いがした。
「これは……なんですか?」
「私もそう言った知識がある訳じゃないんだけど、ここ3日で調べた限りでは、これは多分ユメミバコ。
そういう名前の代物だと思う。目録では大昔にうちの蔵へ奉納されたみたい」
なるほど、なるほど。
「ちなみに、なんで開けちゃったんでしょうか……」
彼女は小さな声で、ちょっと興味本位で、とお茶目に目を逸らす。
「中身は何処へ?」
「多分、ココに……」
彼女は少し顔を赤らめて俯きながら、膨らんだ下腹部をさすってみせた。
こんな状況なのに、妙に絵になる人だった。
しかし、そんな悠長なことを言ってる場合でも無いはずだった。
たった3日で膨らんだ下腹部、ユメミバコ、こんな、人の理から外れたものを、僕は昨日見たばかりだった。訝屋の言葉を借りるなら、こういうのを〝怪異〟と呼ぶのだろう。
なのに、
澪影先輩は、落ち着いていた。
「……先輩は、怖くないんですか」
僕の声は、思ったより掠れていた。
「これはあんまり、ウチの人以外に話すものじゃないって言われてるんだけど。私は目に見えない人じゃどうしようも無いものって実際にいると思ってるんだよね。
ウチはあの滝で代々穢れを落とし困難を越えるように教えられてきてて、あの滝に打たれるとなにかこう大きなもので守られてるような感覚になるんだよ」
だから、驚いてはいるし、身に宿った得体の知れないものに勿論恐怖はあるのだけれど、冷静に解決策を模索している。そう彼女は言った。
まるで昔から、
こういう理解の及ばないものと折り合いをつけて生きてきたみたいだった。
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