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『残憶』  作者: 毎日馬鹿
壱章 もぐもぐキューカンバー
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もぐもぐキューカンバー002

「へぇ。いい話じゃないか」

ニヤつきながらわざとらしく少し下品に笑う。僕らを助けてくれたあと頼もしい姿とは裏腹に〝訝屋 依〟(イブヤ ヨリ)と名乗ったこの男はどうにも僕を茶化したいらしい。茶髪のパーマ頭。変なバンドTみたいなスウェットにジーンズ。オマケに猫背と無精髭。……だらしない。

「たまたまですよ。……助かりましたけど」

彼は、いやいやまたまた謙遜を〜と再度茶化しつつ。

「それでも飛び込むよ。君は。」

買いかぶり過ぎだと返せば、でもあんまり褒めては無いとかえってきた。それもそうだ。彼がいなけれぱ、少女と共倒れになっていた。……甘かった。

件のケツの少女は、自分の名は〝皿谷 潜〟(サラガイ モグリ)だと語った。殆ど何も憶えていないらしい。親の顔も。家も。

「いきなり“ケツ”なんて叫ぶからさ」

みなまで言ってくれるなよ。

「気のせいです」と目を逸らす。少女はあまりピンと来ていないようで少し安心した。あの時、息もしてなかったんだから、自分がどんな痴態で流されていたかなんて知る由もないだろう。出来れば知らないままでいて欲しい。

訝屋曰く、あの後適切な処置をし、結果少女は直ぐに息を吹き返したそうだ。医学の心得があるようには見えない、という失礼な感想は飲み込む。目覚めるのは僕より早かったらしい、全く逞しいことで。記憶が喪失していることを除けば、至って問題は無さそうに見える。

白シャツに緑のスカート。セミロングで、まだ幼い顔。細くしなやかに眉が動く。口が開く。目が泳ぐ。彼女は確かに、生きていた。

「見るな見るな。これだから若いのは」

酷い誤解だ。少女が少し困ったような顔をしてこちらを覗き込む。居た堪れないじゃないか。どうしてくれるんだ。

「……ご迷惑、おかけしました。助けていただいて、ありがとうございます」

深く頭を下げた。……長い。些か丁寧すぎる。

「俺は何もしてないよ。そっちに言いな」と訝屋さんは言う、モグリちゃんはコチラに向き直り「ありがとうございます」と頭を下げた。今の世の中ここまで素直な子も珍しいんじゃないだろうか。

「……ほんとに、助かりました。訝屋さん」

「堅苦しいねぇ、ヨリでいいよ。」

彼はまた、わざとらしく笑う。笑っているのに、目は笑っていない。

「若いんだから、雑でいい」

だらし無さや自由さは、柔和な雰囲気を作るための飾りだったのかもしれない。

コホンと彼は咳払いをする。先程からわざとらしい笑顔がスっと引いて、真剣な面持ちになったのが見て取れた。彼の纏う空気の変化を感じる。

「──で」


「〝黒い手〟あれ、何だった?」

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